実家での母親との同居生活も3年3ヶ月が経過。 1年前の雑感記事を読み返して、この1年間の母の親生活パターンは、ほぼ規則正しく繰返されていることを再認識しました。 5月に1週間ほど入院したこともありましたけれど・・・ 要介護4ですからね、現状維持であれば恩の字ですね。
さて、10月11月と秋の夜長を利用した読書、と書いていましたが、12月は1冊も本を読まなかった。 何をしていたかと言うと、CDX-2200によるCD鑑賞に尽きました。
11月末、畜大同窓Y君の実家終いによる断捨離で放出されたステレオ機材が到着しました。 12月初にCDトレーが開かないとのことで里子に出されてきた YAMAHA CDX-2200 を分解。 CDトレーが開いてCDがかかるようになりましたけれど、この 1986年発売のフルサイズCDプレーヤーは、重量15Kg(定価 168,000円という高級品)もあります。 長年使っていなかったからか、初動状態が不安定で、再度分解整備したいところですが、何より大きくて重いので日和ってます。
しかしながら操作を繰り返すことでCDがかかるようになります。
さすがの高級オーディオだけあって、キレやスピード感よりも奥行き感のある音なのが良くて、デジタル機器なのにアナログのような音で、CD盤をとっかえひっかえての音楽鑑賞三昧。
効き疲れしないので、次々とCD盤を交換しては楽しむ夜となってしまいました。
ところで今月の主な出来事を振り返ると
4日、畜大同窓Y君の YAMAHA CDX-2200,ONKYO CR-D1,ONKYO D-112E で実家音楽環境一新
8日、グランフロントで「藤城清治101歳展」鑑賞後、静彩でランチ
17日、大和文華館「水辺を描く」鑑賞
22日、亀の井ホテル奈良の日帰り温泉とランチ
23日、母親を行きつけの診療所で定期受診。 この後、車椅子を押して大阪城へ散歩。
そして、2025年も思い返すと
3月3日〜7日と母親をショートステイに預け、14年間維持してきた高知別宅を引き払いました。
費用節約のため、市のゴミ回収に合わせて粗大ゴミなど処分、リネットでノートPCと家電類、ブックオフで書籍や雑貨なども出し、残りは業者に処分を依頼。 必要なものは自宅と実家に荷物を送って14年ぶんの生活を精算しましたが、また高知に行きたいな。
5月末、母親が急に立てなくなりました。 ご近所診療所に連れて行くと主治医の指示で救急車が呼ばれ、初めて救急車に同乗して大阪医療センターへ入院。 懸念された脳梗塞ではなく尿路感染症だったので1週間で退院となり、以降これまでより排便コントロールに注意を払うようになりました。
6月24日、大腸内視鏡検査を5年半ぶりに実施。 案の定、25mm と 20mm にまで育った巨大ポリープ2個と、10mm に満たない5個のポリープも切除しました。 腸内血まみれで、一度抜いた内視鏡の再挿入、直腸にあった 3mm のポリープを切除するときに内視鏡が抜けてしまったようで、再々挿入。 これは辛かった。
暑い夏を生き延びました。 高知別宅処分で母親を長期にショートステイに預けたこともあり、今年は帯広には行けなかったけれど、10月には和歌山加太、12月には奈良西大寺の日帰り温泉とランチ。 ちょっとした旅行気分を味わいました。
そして大阪関西万博には一度も行かず・・・ というか、行く気すらなかった1年でした。
雑文といえど、こうして書き出しておかないと、忘れてしまうのですよね。
そうそう今年も 12/30に NHK-TV で「ドキュメント72時間」の年末スペシャル番組で心に残った言葉。
新幹線ホームのきしめん店で、団体ツアーを抜け出してきしめんを食べにきていた83歳の男性。 がんに罹患して抗がん剤の副作用と戦いながら夫婦で毎月旅行をされていて、以下のように言っておられました。
-----
みんな平等に時間は来るよ。 みんな平等に来るから、自分が楽しめばいい。 もったいない。 「私は時間がない」とかいうけけど、そんなことない。 みんな平等だ。 その時間を大切にするんだ。
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そしてこのインタビュー後、番組締めのナレーション
「人は皆、限られた時間を生きている。 ほんの一瞬の幸せを胸に抱いて」
そうですよね、当方も大腸癌の一歩手前でした。 楽しまなければなりませんね。
最後にこのような駄文を最後まで読んでくださった皆さま。
皆さまにとりましても幸多き一年となり、人生を楽しめますようにとお祈りいたします。
2026年01月01日
2025年12月01日
(乙巳/きのとみ11月の雑感)霜月は去った
10月は正倉院展には行ったけれど、会員になっているご近所美術館には行けなかったので、11月の3日は大和文華館「みやこの舞楽」、5日に松伯美術館「上村松園 下絵と本画」を鑑賞してきました。
しかし・・・ その後、約15年ぶりでしょうか、風邪症状となって出無精に・・・
もっとも介護があるため、精神力で熱や咳は出ないようにし、鼻水こそ多少出ましたが許容範囲で収まってましたが、長引きました。 母親に風邪を感染させなかったので良かったのですけれど、3週間近くぐずっておりました。
そんな11月も秋の夜長を利用、読書もなんとか進めていました。
田園発 港行き自転車(宮本輝)、いのちの姿(宮本輝)、食べるたのしみ(田辺聖子)、小暮荘物語(三浦しをん)、見仏記(いとうせいこう・みうらじゅん)、書きたい生活(僕のマリ)、見仏紀・ぶらり旅篇(いとうせいこう・みうらじゅん)
9月に大阪市立図書館に予約した、僕のマリさんの「書きたい生活」がやっと届き、一気に読みました。
僕のマリさんの本、奈良市立図書館の蔵書にはなくて、地域性というのかなぁ・・・ しかも大阪の図書館で借りた彼女の他の2冊は、自動車文庫として架蔵されていたもの。 彼女の本を求めている世代を垣間見た感じですね。 当方、身体は老いたけれど、読んでいると若い頃を思い出します。 そして今の子たちはこんなんやなぁ、と新鮮な気持ちにもなれる気がし、好んで読んでいます。
そして今月の主な出来事を振り返ると
3日、大和文華館「みやこの舞楽」鑑賞
5日、松伯美術館「上村松園 下絵と本画」を奥さんと鑑賞
11日、母親を行きつけの歯科へ。 抜歯したため入歯を更新
⇒ この頃から、風邪症状が出始めた
14日、通院日、風邪症状の薬を処方されるも、その後症状改善も悪化もせず持続
26日、社友会総会・懇親会のため母親をショートステイへ、自宅に宿泊
27日、自宅より奥さんと高島屋史料館へ、静彩でランチ
28日、畜大同窓Y君より、ステレオ機材多数が自宅・実家に到着
Y君から到着したステレオ機材、実家を始末するための断捨離より出されたものが、当方にやってきました。 当方も、これによって押し出されるよう断捨離を進めないといけませんね。
でもまずは、届けられたステレオ機材、購入当時は高価だったのに今は動作しなくなったものがあるので、修理を進めないといけません。
まずは送られてきたCDレシーバー ONKYO CR-D1。
CDトレーが開かなくなり、彼もトレー動作用ゴムベルトの劣化と考え、開腹交換も試みたものの断念したとのこと。 さっそく届いたその日に開腹開始、筐体だけでなくフロントパネルも外さないとトレー動作用ゴムベルト交換できないみたい。 予備のゴムベルトなんてないので、輪ゴムの2重掛け作戦です。 これでトレーが動くようになりました。
これで当初目的は完了ですが、CD再生動作が不安定。 ディスクを認識しない「No Disc」サインが出ます。 またもや筐体を開けて確認すると、ディスクが廻っていない。 Eject や Play ボタンを何度か操作を繰返すと、徐々に動き出しました。 長く動作させてなかったせいでしょうね。 古くなって固化したグリスを拭き取ったり、ピックアップレンズの清掃もしたいけど、そこまで分解できません。 とにかく、動作を繰返し、試行錯誤にて動作確認中です。 ともかく、動くようになったこと、久しぶりの快感でした。
日々を楽しく、とまではいかなくても不快や不穏なことがなく平穏に過ごせたら、と思ってしまうので、パワーが落ちているからでしょうか。 15年ぶりに風邪をひいたせいか、体力も自信なくなってきた感じやしなぁ・・・
とにかく今月もみうらじゅん師匠の言葉
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
死ぬまで元気にいたいものです。 そして12月もまたこのような駄文が書けることを願っています。 皆さまもお元気でご自愛ください。
しかし・・・ その後、約15年ぶりでしょうか、風邪症状となって出無精に・・・
もっとも介護があるため、精神力で熱や咳は出ないようにし、鼻水こそ多少出ましたが許容範囲で収まってましたが、長引きました。 母親に風邪を感染させなかったので良かったのですけれど、3週間近くぐずっておりました。
そんな11月も秋の夜長を利用、読書もなんとか進めていました。
田園発 港行き自転車(宮本輝)、いのちの姿(宮本輝)、食べるたのしみ(田辺聖子)、小暮荘物語(三浦しをん)、見仏記(いとうせいこう・みうらじゅん)、書きたい生活(僕のマリ)、見仏紀・ぶらり旅篇(いとうせいこう・みうらじゅん)
9月に大阪市立図書館に予約した、僕のマリさんの「書きたい生活」がやっと届き、一気に読みました。
僕のマリさんの本、奈良市立図書館の蔵書にはなくて、地域性というのかなぁ・・・ しかも大阪の図書館で借りた彼女の他の2冊は、自動車文庫として架蔵されていたもの。 彼女の本を求めている世代を垣間見た感じですね。 当方、身体は老いたけれど、読んでいると若い頃を思い出します。 そして今の子たちはこんなんやなぁ、と新鮮な気持ちにもなれる気がし、好んで読んでいます。
そして今月の主な出来事を振り返ると
3日、大和文華館「みやこの舞楽」鑑賞
5日、松伯美術館「上村松園 下絵と本画」を奥さんと鑑賞
11日、母親を行きつけの歯科へ。 抜歯したため入歯を更新
⇒ この頃から、風邪症状が出始めた
14日、通院日、風邪症状の薬を処方されるも、その後症状改善も悪化もせず持続
26日、社友会総会・懇親会のため母親をショートステイへ、自宅に宿泊
27日、自宅より奥さんと高島屋史料館へ、静彩でランチ
28日、畜大同窓Y君より、ステレオ機材多数が自宅・実家に到着
Y君から到着したステレオ機材、実家を始末するための断捨離より出されたものが、当方にやってきました。 当方も、これによって押し出されるよう断捨離を進めないといけませんね。
でもまずは、届けられたステレオ機材、購入当時は高価だったのに今は動作しなくなったものがあるので、修理を進めないといけません。
まずは送られてきたCDレシーバー ONKYO CR-D1。
CDトレーが開かなくなり、彼もトレー動作用ゴムベルトの劣化と考え、開腹交換も試みたものの断念したとのこと。 さっそく届いたその日に開腹開始、筐体だけでなくフロントパネルも外さないとトレー動作用ゴムベルト交換できないみたい。 予備のゴムベルトなんてないので、輪ゴムの2重掛け作戦です。 これでトレーが動くようになりました。
これで当初目的は完了ですが、CD再生動作が不安定。 ディスクを認識しない「No Disc」サインが出ます。 またもや筐体を開けて確認すると、ディスクが廻っていない。 Eject や Play ボタンを何度か操作を繰返すと、徐々に動き出しました。 長く動作させてなかったせいでしょうね。 古くなって固化したグリスを拭き取ったり、ピックアップレンズの清掃もしたいけど、そこまで分解できません。 とにかく、動作を繰返し、試行錯誤にて動作確認中です。 ともかく、動くようになったこと、久しぶりの快感でした。
日々を楽しく、とまではいかなくても不快や不穏なことがなく平穏に過ごせたら、と思ってしまうので、パワーが落ちているからでしょうか。 15年ぶりに風邪をひいたせいか、体力も自信なくなってきた感じやしなぁ・・・
とにかく今月もみうらじゅん師匠の言葉
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
死ぬまで元気にいたいものです。 そして12月もまたこのような駄文が書けることを願っています。 皆さまもお元気でご自愛ください。
2025年11月01日
(乙巳/きのとみ10月の雑感)神無月は去った
今年も余すところ2ヶ月、10月は一気に季節が進みました。
月初めは半袖シャツでしたけれど、中旬に冬を思わせる寒さとなったので、冬支度も一気に進めました。
自室にはカーペットを敷き(母親用にはコタツ布団を用意)、寝具も肌掛け布団だったのを毛布+冬布団仕様へ、足温器も出して準備万端。 日本の四季は薄れ、二季となるとのこと、準備を着々と進めました。
爽やかな秋の日々が少なくなるのは悲しいことですけれど、風邪をひいては元も子もありませんから。
それでも秋の夜長を利用し、10月は読書が進みました。
硫黄島栗林中将の最期(梯久美子)、廃線紀行(梯久美子)、紅刷り江戸噺(松本清張)、舟を編む(三浦しをん)、常識のない喫茶店(僕のマリ)、記憶を食む(僕のマリ)、錦繍(宮本輝)、避暑地の猫(宮本輝)
読書スピードは遅い方。 しかも記憶力が乏しく対人関係など分からなくなるとページを戻って読み返したりするので、遅々としてページが進まないことが多いのですけれど、宮本輝さんのは再読、僕のマリさんはエッセイだからか進んだようです。
僕のマリさんは、最近のお気に入り。 若い女性作家さんですが(1992年生)、自分を振り返ってみて、思うことがあってもやりすごし続け、そしてそれが当たり前となって加齢とともに気持ちがすれっからしとなってしまった。 そんないま、彼女のエッセイから、若い頃の感性が呼び起こされるようであり、また鈍感で分からなかった、同年代の女性がこんなふうに感じていたのか、などの発見もあって好きです。
さて、今月は色々な出来事がありました。
6日、奥さんと加太温泉日帰り
7日、奈良市調査
調査が朝9時だったので母親を前日6日にショートに預けて日帰り温泉旅行
久しぶりに手足を伸ばして湯舟に浸かれました。 露天風呂とサウナも。
16,23,31日、大阪歯科大学病院
母親の血糖値が高く掛りつけ歯科で抜歯でないので、車椅子に乗せて通院
初回は弟に頼んだけれど、あとは福祉タクシーで移動
ケアマネさんより、介護タクシー・福祉タクシーの違いを知りました。
24日、給湯器交換
大阪ガスのショップが来られ、点検で給湯器が18年経過していることが判明。
経験的にも10年経過した給湯器はいつ壊れもおかしくありません。
金額も嵩むので、ネット検索するとTV-CMでよく見るキンライサーがよさげ。
簡易見積のあと営業から電話があり、ささっと交換完了。 これで10年安心。
29日、正倉院展
奥さん小一時間鑑賞し、仏像館では法華寺・十一面観音立像も拝見。
このあと奥さんが見つけた奈良女近くの吉川亭でランチ。
この他にも自身の通院や奥さんの通院同行、奈良と大阪の図書館通いもあり(上記に書いた本はすべて図書館からの提供、早さと品ぞろえで奈良と大阪の図書館を使い分けてます)、これらのために会員になっている大和文華館や松柏美術館まで足が伸びませんでした(行動すると休憩も必要なお年頃になりました)。
実家の自室での休憩は読書が主ですが、CDによる音楽鑑賞の時間も増えました。
今月は、自宅より持ち帰った H.S.イッセルシュテット/WPO によるベートーヴェン「田園」交響曲の名演に触発されました。 NAXOS 初期録音によるベートーヴェンの交響曲全集(Amadis)の R.エドリンガー/ザグレブ・フィルの演奏が素晴らしく、クライバーやバーンスタイン、オーマンディのCDも持ってきて聴きました。 あと、宮本輝の小説「錦繍」に触発されてのモーツァルト。 クーベリック/バイエルン放送響の後期交響曲集も楽しみました。 やっぱり名曲と呼ばれるクラシック音楽はいいな、と再発見ですね。
短くなった秋ですけれど、今年は介護生活となって丸3年。 大学の勉強以外での読書時間、CDによる音楽鑑賞時間が増え、夜長を楽しむことができて良かった。
そして、先月も書きましたけれど、長いと思う人生は短かくて
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
日々いろいろな事に出会えて感性を刺激させ、た死ぬまで人生を楽しみたい。
みうらじゅん師匠のこの言葉で今月も締めたいと思います。
来月もまたこのような駄文が書けますように。
月初めは半袖シャツでしたけれど、中旬に冬を思わせる寒さとなったので、冬支度も一気に進めました。
自室にはカーペットを敷き(母親用にはコタツ布団を用意)、寝具も肌掛け布団だったのを毛布+冬布団仕様へ、足温器も出して準備万端。 日本の四季は薄れ、二季となるとのこと、準備を着々と進めました。
爽やかな秋の日々が少なくなるのは悲しいことですけれど、風邪をひいては元も子もありませんから。
それでも秋の夜長を利用し、10月は読書が進みました。
硫黄島栗林中将の最期(梯久美子)、廃線紀行(梯久美子)、紅刷り江戸噺(松本清張)、舟を編む(三浦しをん)、常識のない喫茶店(僕のマリ)、記憶を食む(僕のマリ)、錦繍(宮本輝)、避暑地の猫(宮本輝)
読書スピードは遅い方。 しかも記憶力が乏しく対人関係など分からなくなるとページを戻って読み返したりするので、遅々としてページが進まないことが多いのですけれど、宮本輝さんのは再読、僕のマリさんはエッセイだからか進んだようです。
僕のマリさんは、最近のお気に入り。 若い女性作家さんですが(1992年生)、自分を振り返ってみて、思うことがあってもやりすごし続け、そしてそれが当たり前となって加齢とともに気持ちがすれっからしとなってしまった。 そんないま、彼女のエッセイから、若い頃の感性が呼び起こされるようであり、また鈍感で分からなかった、同年代の女性がこんなふうに感じていたのか、などの発見もあって好きです。
さて、今月は色々な出来事がありました。
6日、奥さんと加太温泉日帰り
7日、奈良市調査
調査が朝9時だったので母親を前日6日にショートに預けて日帰り温泉旅行
久しぶりに手足を伸ばして湯舟に浸かれました。 露天風呂とサウナも。
16,23,31日、大阪歯科大学病院
母親の血糖値が高く掛りつけ歯科で抜歯でないので、車椅子に乗せて通院
初回は弟に頼んだけれど、あとは福祉タクシーで移動
ケアマネさんより、介護タクシー・福祉タクシーの違いを知りました。
24日、給湯器交換
大阪ガスのショップが来られ、点検で給湯器が18年経過していることが判明。
経験的にも10年経過した給湯器はいつ壊れもおかしくありません。
金額も嵩むので、ネット検索するとTV-CMでよく見るキンライサーがよさげ。
簡易見積のあと営業から電話があり、ささっと交換完了。 これで10年安心。
29日、正倉院展
奥さん小一時間鑑賞し、仏像館では法華寺・十一面観音立像も拝見。
このあと奥さんが見つけた奈良女近くの吉川亭でランチ。
この他にも自身の通院や奥さんの通院同行、奈良と大阪の図書館通いもあり(上記に書いた本はすべて図書館からの提供、早さと品ぞろえで奈良と大阪の図書館を使い分けてます)、これらのために会員になっている大和文華館や松柏美術館まで足が伸びませんでした(行動すると休憩も必要なお年頃になりました)。
実家の自室での休憩は読書が主ですが、CDによる音楽鑑賞の時間も増えました。
今月は、自宅より持ち帰った H.S.イッセルシュテット/WPO によるベートーヴェン「田園」交響曲の名演に触発されました。 NAXOS 初期録音によるベートーヴェンの交響曲全集(Amadis)の R.エドリンガー/ザグレブ・フィルの演奏が素晴らしく、クライバーやバーンスタイン、オーマンディのCDも持ってきて聴きました。 あと、宮本輝の小説「錦繍」に触発されてのモーツァルト。 クーベリック/バイエルン放送響の後期交響曲集も楽しみました。 やっぱり名曲と呼ばれるクラシック音楽はいいな、と再発見ですね。
短くなった秋ですけれど、今年は介護生活となって丸3年。 大学の勉強以外での読書時間、CDによる音楽鑑賞時間が増え、夜長を楽しむことができて良かった。
そして、先月も書きましたけれど、長いと思う人生は短かくて
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
日々いろいろな事に出会えて感性を刺激させ、た死ぬまで人生を楽しみたい。
みうらじゅん師匠のこの言葉で今月も締めたいと思います。
来月もまたこのような駄文が書けますように。
2025年10月01日
(乙巳/きのとみ9月の雑感)長月は去った
暑さ寒さも彼岸まで、と昔の人はよく言ったものですね。
彼岸(秋分の日)の前から朝夕しのぎやすくなって、エアコン要らずの夜で一息ついた感じ。
年々ひどくなっている温暖化ですが、人間は耐えられるのだなぁ、などとも思ってみたり・・・
決して耐えたくはないのですけれど、喉元過ぎれば、ですかね。
この記事を書くため、昨年はどうしていたのかと思い、昨年の記事も読み返すと、膝の痛みがメインテーマでしたね。 その膝、結局は通院もしなくなってそのまま。
過度な負担はかけないようにし、だましだまし・・・
でも日常生活はおくれていますので、良しとしましょう。
これからは、一日に3〜4万歩も歩くようなこともないと思いますので、ね。
とはうものの、今月もあちこちにお出かけをしました。
5日、奥さんと藤田美術館
その後、静岡電鉄がやっているホテルのビュッフェ「静彩」でランチ
18日、新大阪オフィスで会社OB会の会合
その後、夕方からの懇親会をパスして奈良の自宅に移動・宿泊
19日、自宅から奥さんと京都・下鴨に行き「グリル生研会館」でランチ
下鴨神社から、旧三井家下鴨別邸でお庭とスィーツも堪能
そして23日、昨年大阪に越してきた母親の弟(叔父さん)夫婦がやってきました。
長年大阪在住となっている従弟が連れて来て、事前に連絡していた枚方在住の弟も集合。
弟は、毎回大阪名物の食物(551蓬莱など)を買ってくれていて、いろいろと話を回してくれるので助かります。 今回は十三「喜八洲総本舗」の「みたらし団子」も持って来てくれました。
十三「喜八洲総本舗」、新大阪勤務時代に総務代行として退職者の離職票請求で淀川区のハローワークに行った帰り、職場のお土産として「みたらし団子」を買っていたことを思いだしました。
それもまた、遠くなりにけり、ですね。
母親が軽い脳梗塞で倒れてからの実家での同居生活も丸3年となりました。
同居当初は、我が儘な母親に手こずって、自身の奈良大学の勉強も滞っていましたけれど、90歳を過ぎると横になる時間が多くなりました。 25日に92歳となり、現状維持、今以上に悪くならず日々変わらない生活を繰返すことが至上命題の日々となりました。
パターン化でてきたので、ひとつひとつの作業は手がかかっても、全体の対応は楽になったように思います。 あとは、いつまで続けられるか、でしょうか。 こちらも高齢者ですものね。 先に逝かないようにしなければ・・・
そんなことを考えながら9月は過ぎました。 そして昨年、以下のように書いてました。
長いと思う人生もまた短い。
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
今月も、みうらじゅん師匠の言葉が沁みた月でありました。 皆さまも、老いるショックに心をはせてみられてはどうでしょうか。
そして来月もまたこのような駄文が書けるように・・・
彼岸(秋分の日)の前から朝夕しのぎやすくなって、エアコン要らずの夜で一息ついた感じ。
年々ひどくなっている温暖化ですが、人間は耐えられるのだなぁ、などとも思ってみたり・・・
決して耐えたくはないのですけれど、喉元過ぎれば、ですかね。
この記事を書くため、昨年はどうしていたのかと思い、昨年の記事も読み返すと、膝の痛みがメインテーマでしたね。 その膝、結局は通院もしなくなってそのまま。
過度な負担はかけないようにし、だましだまし・・・
でも日常生活はおくれていますので、良しとしましょう。
これからは、一日に3〜4万歩も歩くようなこともないと思いますので、ね。
とはうものの、今月もあちこちにお出かけをしました。
5日、奥さんと藤田美術館
その後、静岡電鉄がやっているホテルのビュッフェ「静彩」でランチ
18日、新大阪オフィスで会社OB会の会合
その後、夕方からの懇親会をパスして奈良の自宅に移動・宿泊
19日、自宅から奥さんと京都・下鴨に行き「グリル生研会館」でランチ
下鴨神社から、旧三井家下鴨別邸でお庭とスィーツも堪能
そして23日、昨年大阪に越してきた母親の弟(叔父さん)夫婦がやってきました。
長年大阪在住となっている従弟が連れて来て、事前に連絡していた枚方在住の弟も集合。
弟は、毎回大阪名物の食物(551蓬莱など)を買ってくれていて、いろいろと話を回してくれるので助かります。 今回は十三「喜八洲総本舗」の「みたらし団子」も持って来てくれました。
十三「喜八洲総本舗」、新大阪勤務時代に総務代行として退職者の離職票請求で淀川区のハローワークに行った帰り、職場のお土産として「みたらし団子」を買っていたことを思いだしました。
それもまた、遠くなりにけり、ですね。
母親が軽い脳梗塞で倒れてからの実家での同居生活も丸3年となりました。
同居当初は、我が儘な母親に手こずって、自身の奈良大学の勉強も滞っていましたけれど、90歳を過ぎると横になる時間が多くなりました。 25日に92歳となり、現状維持、今以上に悪くならず日々変わらない生活を繰返すことが至上命題の日々となりました。
パターン化でてきたので、ひとつひとつの作業は手がかかっても、全体の対応は楽になったように思います。 あとは、いつまで続けられるか、でしょうか。 こちらも高齢者ですものね。 先に逝かないようにしなければ・・・
そんなことを考えながら9月は過ぎました。 そして昨年、以下のように書いてました。
長いと思う人生もまた短い。
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死ぬんだって!」
今月も、みうらじゅん師匠の言葉が沁みた月でありました。 皆さまも、老いるショックに心をはせてみられてはどうでしょうか。
そして来月もまたこのような駄文が書けるように・・・
2025年09月01日
(乙巳/きのとみ8月の雑感)葉月は去った
猛暑+残暑=猛残暑 いつまで続くか、というこの頃です。
今年6月の梅雨明けが早く、そのぶん暑い日が多くあったことから、先月7月は外出を控えていましたけれど・・・
この8月後半は、けっこう外歩きをしていました。
21日、奥さんと不退寺に行って、新大宮のグリル「くるみの木」でランチ
その後、奥さんと別れて新大阪オフィスで会社OB会の会合、夕方より居酒屋で懇親会
23日、奥さんと中之島美術館「日本美術の鉱脈展」を鑑賞
本町まで歩いて、静岡電鉄がやっているホテルのビュッフェ「静彩」でランチ
28日、松伯美術館「追悼 上村淳之展」を奥さんと鑑賞
30日、大和文華館「特別企画展 くらべて楽しむ琳派作品」
暑熱順化、この時期に至ってもこの酷暑に慣れることはことはありませんけれど、あきらめの意識(どうせ暑いんやし)を持ってよく外出をしました。
その外出時、水分補給用の水筒を持つことは当然ですが、サングラス着用(目から紫外線が入って身体が内部より陽焼けするそうな)、長袖シャツ(腕の日焼けを防ぐため、サラリーマン時代に着ていたボタンダウンの白いシャツ)を重宝しています。
外出ではないけれど・・・
8月はDVD付き雑誌「鉄道前面展望」「鉄道運転室展望」を合計3冊も購入しました。
それを夜な夜な楽しみ、キハ40系快速「狩勝」で帯広→滝川、113系快速アクティーで東京〜熱海、山陽新幹線JR500で新大阪〜博多の電車旅を楽しみました。
いずれも、懐かしい風景などを堪能しました。
そんなこともあり、読書は中断気味でしたけれど・・・
奈良市図書館より借りた 梯久美子「『狂うひと』「死の棘」の妻・島尾ミホ」。
島尾敏雄の代表作『死の棘』にまつわる夫婦についてのノンフィクション作品で、2017年度「読売文学賞」「講談社ノンフィクション賞」「芸術選奨文部科学大臣賞」を受けた大作。
約650ページ、読み応えあって2週間の貸出期間では読み切れなく、ネットで延長手続きをして読了しました。
読むの遅いのよね・・・
本を読みたい、音楽を聴きたい、絵や彫刻も見たい、でも・・・自分はひとつ・・・
どこかで何かを諦めるしかないのかな??
などと、思っていたこともあるけれど・・・
部分的にだけれど、よく聞いているNHKラジオ「マイあさ」の「マイ!Biz」、28日に「生活寿命の胸の内」というのがあり、「生活寿命」を調べてみると、これがけっこう面白い。
ふつうにそのまま見ていると、ほぼ全部の項目で「寿命が尽きている」のだけれども・・・
ここで視点を変えて「こだわらない」「これをスタート」などと考えるようにすると、ここから視界が拡がるととらえることも出来るのだとか。 なるほどね。
人生100年時代とも言われるけれど、いつ終わってもおかしくない年齢。
昨年も以下のように書いていました。
敬愛するみうらじゅん師匠の言葉
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死んだって!」
確かに、老いるショック、残り時間を少しでも有意義に過ごしたいと思うのこの頃です。
この夏またもや流行してきたという新型コロナ『ニンバス』に留意されつつ、
老いるショックにも心をはせながら、来月もまたこのような駄文が書けますよう m(. .)m
今年6月の梅雨明けが早く、そのぶん暑い日が多くあったことから、先月7月は外出を控えていましたけれど・・・
この8月後半は、けっこう外歩きをしていました。
21日、奥さんと不退寺に行って、新大宮のグリル「くるみの木」でランチ
その後、奥さんと別れて新大阪オフィスで会社OB会の会合、夕方より居酒屋で懇親会
23日、奥さんと中之島美術館「日本美術の鉱脈展」を鑑賞
本町まで歩いて、静岡電鉄がやっているホテルのビュッフェ「静彩」でランチ
28日、松伯美術館「追悼 上村淳之展」を奥さんと鑑賞
30日、大和文華館「特別企画展 くらべて楽しむ琳派作品」
暑熱順化、この時期に至ってもこの酷暑に慣れることはことはありませんけれど、あきらめの意識(どうせ暑いんやし)を持ってよく外出をしました。
その外出時、水分補給用の水筒を持つことは当然ですが、サングラス着用(目から紫外線が入って身体が内部より陽焼けするそうな)、長袖シャツ(腕の日焼けを防ぐため、サラリーマン時代に着ていたボタンダウンの白いシャツ)を重宝しています。
外出ではないけれど・・・
8月はDVD付き雑誌「鉄道前面展望」「鉄道運転室展望」を合計3冊も購入しました。
それを夜な夜な楽しみ、キハ40系快速「狩勝」で帯広→滝川、113系快速アクティーで東京〜熱海、山陽新幹線JR500で新大阪〜博多の電車旅を楽しみました。
いずれも、懐かしい風景などを堪能しました。
そんなこともあり、読書は中断気味でしたけれど・・・
奈良市図書館より借りた 梯久美子「『狂うひと』「死の棘」の妻・島尾ミホ」。
島尾敏雄の代表作『死の棘』にまつわる夫婦についてのノンフィクション作品で、2017年度「読売文学賞」「講談社ノンフィクション賞」「芸術選奨文部科学大臣賞」を受けた大作。
約650ページ、読み応えあって2週間の貸出期間では読み切れなく、ネットで延長手続きをして読了しました。
読むの遅いのよね・・・
本を読みたい、音楽を聴きたい、絵や彫刻も見たい、でも・・・自分はひとつ・・・
どこかで何かを諦めるしかないのかな??
などと、思っていたこともあるけれど・・・
部分的にだけれど、よく聞いているNHKラジオ「マイあさ」の「マイ!Biz」、28日に「生活寿命の胸の内」というのがあり、「生活寿命」を調べてみると、これがけっこう面白い。
ふつうにそのまま見ていると、ほぼ全部の項目で「寿命が尽きている」のだけれども・・・
ここで視点を変えて「こだわらない」「これをスタート」などと考えるようにすると、ここから視界が拡がるととらえることも出来るのだとか。 なるほどね。
人生100年時代とも言われるけれど、いつ終わってもおかしくない年齢。
昨年も以下のように書いていました。
敬愛するみうらじゅん師匠の言葉
「老いるショック(オイルショック)!、 人は死んだって!」
確かに、老いるショック、残り時間を少しでも有意義に過ごしたいと思うのこの頃です。
この夏またもや流行してきたという新型コロナ『ニンバス』に留意されつつ、
老いるショックにも心をはせながら、来月もまたこのような駄文が書けますよう m(. .)m
2025年08月01日
(乙巳/きのとみ7月の雑感)文月は去った
昨年、ちょうど一年前は以下のように書いていました。
今年の夏は暑い、というか今年も暑くかつ今までで一番暑い、ですね。
1年経つと、当方も1つ齢を重ねているわけで、暑さに対峙する気力も徐々に失せてきていて、徐々に外出も控えようか、という気分です。
今年も同様で、しかも6月から暑いですよね。
暑くなる度合が年ごとに酷くなってきているので、これまでなら1日に2度外出することも多かったのですけれど、1つ齢を重ねたこともあり、この7月から昼からの外出を控えるようになりました。
昨年は、大和文華館や奈良市写真美術館にも行っていましたけれど、今月は美術館・博物館通いもお休みして大人しく・・・
そう、大人しくというと、先月は5年半ぶりに大腸ポリープの検査を受けてきた話を書きましたが、9日に生体検査の結果を聞きに再度クリニックに行ってきました。
25mm と 20mm の巨大ポリープは、予想通り癌化していたけど、切り取ったので大丈夫。 2年後に来なさい、あなたは大腸癌のリスクが高い、と言われて戻ってきました。 ほんま2年後でええんかいな、と思いつつ・・・
3年前から介護生活が始まり、もとより気持ちの良い検査ではないので後回し、放置していたことは事実。
単身赴任していた時も放置していたので 25mm のポリープも出来ていて、ポリープが出来る体質であることは分かっているのですけれど・・・
だから今回のことを教訓とし、術後1週間近く、禁酒・消化の良い(お粥など)食事を摂っていたので、巨大ポリープの切除手術の辛さを思い出し、週3回、禁酒と消化の良い食事を摂る日を定め、実行中。 頑張ろうと思います。
そんなこんな、何より暑いせいもありますが、毎日の繰り返しのような日々でした。
それでも読書は、ノンフィクション作家の梯久美子さんシリーズを展開中。
「散るぞ悲しき」「昭和二十年夏、僕は兵士だった」に続いて、樺太/サハリンの鉄道について書かれた「サガレン」(かつてサハリン/樺太のことをサガレンと呼んでいた時代があったのだとか)を読書中です。 梯さんって、鉄道ヲタクだったとは知りませんでした。
とにかく酒を飲まない夜は読書にふける日々です。
とにかく月日の経つのは早いですね。
敬愛するみうらじゅん師匠の言葉「老いるショック(オイルショック)!、 人は死んだって!」、残り時間を少しでも有意義に過ごしたい、昨年もそう書いていました。
みなさまも「老いるショック(オイルショック)!」 充実をすごせますよう。
今年の夏は暑い、というか今年も暑くかつ今までで一番暑い、ですね。
1年経つと、当方も1つ齢を重ねているわけで、暑さに対峙する気力も徐々に失せてきていて、徐々に外出も控えようか、という気分です。
今年も同様で、しかも6月から暑いですよね。
暑くなる度合が年ごとに酷くなってきているので、これまでなら1日に2度外出することも多かったのですけれど、1つ齢を重ねたこともあり、この7月から昼からの外出を控えるようになりました。
昨年は、大和文華館や奈良市写真美術館にも行っていましたけれど、今月は美術館・博物館通いもお休みして大人しく・・・
そう、大人しくというと、先月は5年半ぶりに大腸ポリープの検査を受けてきた話を書きましたが、9日に生体検査の結果を聞きに再度クリニックに行ってきました。
25mm と 20mm の巨大ポリープは、予想通り癌化していたけど、切り取ったので大丈夫。 2年後に来なさい、あなたは大腸癌のリスクが高い、と言われて戻ってきました。 ほんま2年後でええんかいな、と思いつつ・・・
3年前から介護生活が始まり、もとより気持ちの良い検査ではないので後回し、放置していたことは事実。
単身赴任していた時も放置していたので 25mm のポリープも出来ていて、ポリープが出来る体質であることは分かっているのですけれど・・・
だから今回のことを教訓とし、術後1週間近く、禁酒・消化の良い(お粥など)食事を摂っていたので、巨大ポリープの切除手術の辛さを思い出し、週3回、禁酒と消化の良い食事を摂る日を定め、実行中。 頑張ろうと思います。
そんなこんな、何より暑いせいもありますが、毎日の繰り返しのような日々でした。
それでも読書は、ノンフィクション作家の梯久美子さんシリーズを展開中。
「散るぞ悲しき」「昭和二十年夏、僕は兵士だった」に続いて、樺太/サハリンの鉄道について書かれた「サガレン」(かつてサハリン/樺太のことをサガレンと呼んでいた時代があったのだとか)を読書中です。 梯さんって、鉄道ヲタクだったとは知りませんでした。
とにかく酒を飲まない夜は読書にふける日々です。
とにかく月日の経つのは早いですね。
敬愛するみうらじゅん師匠の言葉「老いるショック(オイルショック)!、 人は死んだって!」、残り時間を少しでも有意義に過ごしたい、昨年もそう書いていました。
みなさまも「老いるショック(オイルショック)!」 充実をすごせますよう。
2025年07月01日
(乙巳/きのとみ6月の雑感)水無月は去った
6月は梅雨シーズンですが、西日本は2週間ほどで明けてしまいましたね。
シーズンの最初と最後に大雨が降ったという印象ですが、近畿地方で6月に梅雨が明けるのは観測史上初めてなのだとか。 若い頃、シトシトと連日そぼ降る雨や曇天が続いて辟易としたものですが、梅雨が明けると一気に夏ですね。 しかもここ例年の「命にかかわる暑さ」、酷暑の夏到来ですかぁ。
地球温暖化による気候変動のなせる業なのだと理解しないといけないのでしょうねぇ。
母親が軽い脳梗塞で倒れて丸3年。 実家で同居を初めて2年9ヶ月となりました。
昨年の今ごろは何をしていたかと、昨年の記事を読み返てみると・・・
奈良大学生として記載については1年経ってもまったく変化なく、まったくもって勉強から遠のいてしまいました。 学生身分の特権「学割」を使っているだけの偽学生状態。 履修届を出した期初にこそ、残した2単位を取るべく、西洋史特殊講義の試験問題のために作っていた解答集を探し出し、印刷したものをテキストに挟んで寝床の横に置いたものの、積ん読く状態。 現実逃避が続いています。
前月、母親が入院して介護時間が無くなったこともあり大腸内視鏡検査予約をしたと書きましたが、行ってきましたよ。 そして、案の定、25mm と 20mm にまで育った巨大ポリープ2個と、10mm に満たない5個のポリープも切除し、合計7個切除(巨大ポリープ切除は手術)してきました。
手術は麻酔をせず、先生と同じモニター画面を見ているのですけれど、最後の方になると腸内血まみれだったり、一度抜いた内視鏡の再挿入がけっこうしんどくてヘロヘロ。 モニターを見る気にもなれなくなり、あえいでいました。 しかも最後、直腸にあった 3mm のポリープを切除するときに内視鏡が抜けてしまったようで、再々挿入。 これは辛かった。
この一連の施術、日帰り手術でしてもらえるクリニックなのが(介護生活者にとっては)有難い。
しかも、懸念していた術後の微熱は出なくて、ショートステイから戻ってきた母親の介護生活も無事継続中。 10年ちょっと前、25mm のポリープほか 10個ほどを切除したときには、術後2日間微熱が出て、会社も休みました。 今回そのこともあり、術後の安静には心掛けた部分もありましたが、とにかくよかった・よかった。
つぎは7月、七夕のちょっと後になりますが、検体検査の結果報告があります。
10mm を超すポリープは癌化しやすい、と言いますのでこれからはサボらすに2年に1度くらいのペースで検査を受けたいと思います(最初のとき、やっぱそう思っていたけど3年後、5年半後・・・と延びていったのでした)。
そんなこんなで1年の折り返しが過ぎてゆきました。
7月はもうちょっとましな内容で駄文が書けたらと思っていますが、どうなりますことやら。
とにかく皆さまも、お身体気になる点があればお早めにメンテナンスされて、充実した時間をすごされますよう。自戒を籠めて。
シーズンの最初と最後に大雨が降ったという印象ですが、近畿地方で6月に梅雨が明けるのは観測史上初めてなのだとか。 若い頃、シトシトと連日そぼ降る雨や曇天が続いて辟易としたものですが、梅雨が明けると一気に夏ですね。 しかもここ例年の「命にかかわる暑さ」、酷暑の夏到来ですかぁ。
地球温暖化による気候変動のなせる業なのだと理解しないといけないのでしょうねぇ。
母親が軽い脳梗塞で倒れて丸3年。 実家で同居を初めて2年9ヶ月となりました。
昨年の今ごろは何をしていたかと、昨年の記事を読み返てみると・・・
奈良大学生として記載については1年経ってもまったく変化なく、まったくもって勉強から遠のいてしまいました。 学生身分の特権「学割」を使っているだけの偽学生状態。 履修届を出した期初にこそ、残した2単位を取るべく、西洋史特殊講義の試験問題のために作っていた解答集を探し出し、印刷したものをテキストに挟んで寝床の横に置いたものの、積ん読く状態。 現実逃避が続いています。
前月、母親が入院して介護時間が無くなったこともあり大腸内視鏡検査予約をしたと書きましたが、行ってきましたよ。 そして、案の定、25mm と 20mm にまで育った巨大ポリープ2個と、10mm に満たない5個のポリープも切除し、合計7個切除(巨大ポリープ切除は手術)してきました。
手術は麻酔をせず、先生と同じモニター画面を見ているのですけれど、最後の方になると腸内血まみれだったり、一度抜いた内視鏡の再挿入がけっこうしんどくてヘロヘロ。 モニターを見る気にもなれなくなり、あえいでいました。 しかも最後、直腸にあった 3mm のポリープを切除するときに内視鏡が抜けてしまったようで、再々挿入。 これは辛かった。
この一連の施術、日帰り手術でしてもらえるクリニックなのが(介護生活者にとっては)有難い。
しかも、懸念していた術後の微熱は出なくて、ショートステイから戻ってきた母親の介護生活も無事継続中。 10年ちょっと前、25mm のポリープほか 10個ほどを切除したときには、術後2日間微熱が出て、会社も休みました。 今回そのこともあり、術後の安静には心掛けた部分もありましたが、とにかくよかった・よかった。
つぎは7月、七夕のちょっと後になりますが、検体検査の結果報告があります。
10mm を超すポリープは癌化しやすい、と言いますのでこれからはサボらすに2年に1度くらいのペースで検査を受けたいと思います(最初のとき、やっぱそう思っていたけど3年後、5年半後・・・と延びていったのでした)。
そんなこんなで1年の折り返しが過ぎてゆきました。
7月はもうちょっとましな内容で駄文が書けたらと思っていますが、どうなりますことやら。
とにかく皆さまも、お身体気になる点があればお早めにメンテナンスされて、充実した時間をすごされますよう。自戒を籠めて。
2025年06月01日
(乙巳/きのとみ5月の雑感)皐月は去った
誕生月であり一番思い入れの強い5月ですが・・・
思い返せば3年前の5月末、実家で独り住まいだった母親が救急搬送され、国立病院大阪医療センターに入院したのでした。 以来、介護のための実家住まいとなりましたけれど、今年5月も大阪医療センターに入院となりました。
前夜まで普通に生活していたのに、朝デイサービスに行くために起こしたら、しんどくて立ち上がれない。 デイサービスはお休みとして様子を見てたのち、昼前に主治医のいる診療所に行きましたが、体温や血圧、血中酸素濃度など正常なのにぐったり。 主治医の判断で救急車を呼び、大阪医療センターの救急外来へと行ったのでした。当方も救急車に同乗し、初めての救急車体験ができました。
結果、重篤な病状ではなかったので、月曜〜日曜までの1週間の入院でした。
介護に明け暮れる日々からの解放感もありましたが、母親がいないという空疎な感じが漂っていた実家での日々でした。 何事もなく、代わり映えのしないような日々を過ごすことが大切、と感じました。
母親が入院、病院の面会時間が 13:30〜16:30 だったので、延び延びにしていた運転免許証の更新をしました。
奈良の新ノ口にある運転免許センター受付 8:30〜9:00 に間に合わせるため、大阪市内の実家を7時前に出て近鉄電車で移動。 通勤・通学ラッシュとは逆方向なので座っていけましたが、反対側ホームの満員電車を見て、また大和八木駅では多くの高校生に囲まれて、遥か昔になったサラリーマン時代を思い返していました。 もう無理やな・・・とも。
さて、大阪では関西万博開催中ですが、万博には興味ないものの、奈良・京都・大阪の博物館・美術館で国宝が大盤振る舞いの展覧会実施中ですね。 4月に奈良国立博物館に行ったので、5月は京都国立博物館を狙っていましたが果たせず、その代わり16日にご近所の大和文華館「矢代幸雄と大和文華館」を観てきました。 こちらも国宝・重要文化財・重要美術品がたくさんあり、見ごたえのあった展覧会でした。
5月から松伯美術館の会員(奈良大学の学生証を見せてお安い学生会員)にもなりました。 こちらもまた行きたいのですけど、介護との兼ね合わせなので、京都国立博物館同様なかなか踏ん切りがつきませんわ。
そうそう踏ん切りがつかない、と言えば大腸内視鏡検査。
もう5年サボっているので、絶対に手術になること分かってますので、踏ん切りがつかなかったのですけれど、母親が入院して実家での時間も空いたので、検査申込をしました。 検査期間中、母親をショートステイに預けねばらず、こちらも予約しました。 あとは結果、こちとらが入院にならなければ・・・ ですけどね。
ま、とにかく6月はもうちょっとましな内容で駄文が書けたらと思っていますが、どうなりますことやら。
皆さまも、お身体ご自愛されまして充実した時間をすごされますようお祈りいたします。
思い返せば3年前の5月末、実家で独り住まいだった母親が救急搬送され、国立病院大阪医療センターに入院したのでした。 以来、介護のための実家住まいとなりましたけれど、今年5月も大阪医療センターに入院となりました。
前夜まで普通に生活していたのに、朝デイサービスに行くために起こしたら、しんどくて立ち上がれない。 デイサービスはお休みとして様子を見てたのち、昼前に主治医のいる診療所に行きましたが、体温や血圧、血中酸素濃度など正常なのにぐったり。 主治医の判断で救急車を呼び、大阪医療センターの救急外来へと行ったのでした。当方も救急車に同乗し、初めての救急車体験ができました。
結果、重篤な病状ではなかったので、月曜〜日曜までの1週間の入院でした。
介護に明け暮れる日々からの解放感もありましたが、母親がいないという空疎な感じが漂っていた実家での日々でした。 何事もなく、代わり映えのしないような日々を過ごすことが大切、と感じました。
母親が入院、病院の面会時間が 13:30〜16:30 だったので、延び延びにしていた運転免許証の更新をしました。
奈良の新ノ口にある運転免許センター受付 8:30〜9:00 に間に合わせるため、大阪市内の実家を7時前に出て近鉄電車で移動。 通勤・通学ラッシュとは逆方向なので座っていけましたが、反対側ホームの満員電車を見て、また大和八木駅では多くの高校生に囲まれて、遥か昔になったサラリーマン時代を思い返していました。 もう無理やな・・・とも。
さて、大阪では関西万博開催中ですが、万博には興味ないものの、奈良・京都・大阪の博物館・美術館で国宝が大盤振る舞いの展覧会実施中ですね。 4月に奈良国立博物館に行ったので、5月は京都国立博物館を狙っていましたが果たせず、その代わり16日にご近所の大和文華館「矢代幸雄と大和文華館」を観てきました。 こちらも国宝・重要文化財・重要美術品がたくさんあり、見ごたえのあった展覧会でした。
5月から松伯美術館の会員(奈良大学の学生証を見せてお安い学生会員)にもなりました。 こちらもまた行きたいのですけど、介護との兼ね合わせなので、京都国立博物館同様なかなか踏ん切りがつきませんわ。
そうそう踏ん切りがつかない、と言えば大腸内視鏡検査。
もう5年サボっているので、絶対に手術になること分かってますので、踏ん切りがつかなかったのですけれど、母親が入院して実家での時間も空いたので、検査申込をしました。 検査期間中、母親をショートステイに預けねばらず、こちらも予約しました。 あとは結果、こちとらが入院にならなければ・・・ ですけどね。
ま、とにかく6月はもうちょっとましな内容で駄文が書けたらと思っていますが、どうなりますことやら。
皆さまも、お身体ご自愛されまして充実した時間をすごされますようお祈りいたします。
2025年05月01日
(乙巳/きのとみ4月の雑感)卯月は去った
世間は大型連休に突入していますが(もっとも日の並びが悪いようですけれど)、こちらは毎日がお休みの身分。 それもまた久しく、母親の通うデイサービスなど年末年始を除いて祝日は関係なく、休祝日でも決まった曜日に出かけてゆきます(職員の方は大変でしょうけれど)。 いつもと変わらない日々であります。
4月は、新年度の始まり・・・ ですが、こちらも変わりありません。
奈良大学生となって今年は4年目。 3年次編入なので6年次(6回生)となりました。
今年度も履修届に、テキスト科目でレポート合格しているけれど(わざと留年するために)試験を受けなかった「西洋史特殊講義」のみを選択。
卒論は合格しているので、単位制学費に移行していて、今年も 10,000円(1単位 5,000円×2)を納入して、学生身分を確保しました。
奈良大学の良心的な学費制度に助けられ、今年度も奈良や京都の国立博物館ではキャンパスメンバーズの特権があって格安に鑑賞できます。 また、大和文華館・松伯美術館も学生会員になっています。 無為に学生を続けるのも申しわけなく、今年度は残っている2単位をクリアして卒業しよう・・・と思いつつも、まだ心はゆらいでおります。 先日も、奈良国立博物館での「超国宝」展を 400円で鑑賞しましたし・・・
さて今月、退去した高知からの荷物で自宅が山積みに状態になっているので、その整理も含め、自宅の断捨離をぼちぼちと始めています。 ブックオフには2回に分けて、5箱+6箱を出しましたし、奈良市の大型ゴミ回収にも申込みました。 しかしまだ着地点は見えません。
個人的に、たぶん 2,000枚はあるだろう、黒い円盤のレコードをどうするか・・・ ですけれどね。 踏ん切りがつきません。
介護が無いときには、自宅のステレオ装置で連日聴いていたレコード。
ここ3年近く聴けなくなってしまいました。 これからの残りの人生時間を考えると、レコードもセレクト・厳選しなきゃなぁ、と思いますが・・・ 多数は1枚100円ほどで買ったものが多いのです(東京単身赴任時代、レコファン渋谷BEAM店頭のエサ箱で急激に増えました)が、1枚1枚、これを買ったときの情景も蘇ってきたりするので、なかなか踏ん切りがつかないんですよね。 困ったものだ。
しかも、自宅で書籍などブックオフに送り出した翌日。
朝起きたら腰が痛い・・・ 前夜は深酒をしていたので、当初は内臓疾患かなと疑ってその夜は禁酒しましたが、どうも外科的な痛みみたい。 これまでも、2〜3年に1〜2度くらい、腰に長引く痛みが発生しており、いずれも重いものを急に持つなどして発生するギックリ腰的なものではなく、何かの拍子に痛みが走る。 それがしばらく痛み続ける・・・ そんなことがあったことを思い出しました。 今回もそれみたいですね。
でも、朝起きたら痛くなっていた、このパターンは初めて。
3年以上なかった長引く腰の痛み。 これまでは自宅にいて、風呂で湯舟に浸かってケアもできましたけれど、いまは実家での介護生活。 風呂場は母親のためにシャワーのみ使用可能状態(洗い場に何も置かなくするため、オケやイスその他シャンプーなどを湯舟に入れ、湯舟はすぐに使えない状態)。 そのためか、なかなか痛みが治まらない。
そこで、「困った時の YouTube 先生」 で見つけた腰痛改善の運動。
これをやってなんとかマシになりました。 というか、この運動、この動画じゃないと思うけど、以前も痛んだときにやっていたようにも思います(人間って忘れっぽいなぁ)。
亡くなった父親は、椎間板ヘルニアをやっていたし、体格も似ているので注意しないと・・・
そんなこんなで 2025年も3分の1が過ぎ去りました。
今年もまた暑い夏がやってくるのか、と先読みしていたりしますが、5月は生まれ月(またひとつ馬齢を重ねますけれど)、5月はもうちょっとましな駄文が書けるように、と思います。
皆さまも、お身体ご自愛されまして、酷暑前の充実した時間がすごされますよう。
4月は、新年度の始まり・・・ ですが、こちらも変わりありません。
奈良大学生となって今年は4年目。 3年次編入なので6年次(6回生)となりました。
今年度も履修届に、テキスト科目でレポート合格しているけれど(わざと留年するために)試験を受けなかった「西洋史特殊講義」のみを選択。
卒論は合格しているので、単位制学費に移行していて、今年も 10,000円(1単位 5,000円×2)を納入して、学生身分を確保しました。
奈良大学の良心的な学費制度に助けられ、今年度も奈良や京都の国立博物館ではキャンパスメンバーズの特権があって格安に鑑賞できます。 また、大和文華館・松伯美術館も学生会員になっています。 無為に学生を続けるのも申しわけなく、今年度は残っている2単位をクリアして卒業しよう・・・と思いつつも、まだ心はゆらいでおります。 先日も、奈良国立博物館での「超国宝」展を 400円で鑑賞しましたし・・・
さて今月、退去した高知からの荷物で自宅が山積みに状態になっているので、その整理も含め、自宅の断捨離をぼちぼちと始めています。 ブックオフには2回に分けて、5箱+6箱を出しましたし、奈良市の大型ゴミ回収にも申込みました。 しかしまだ着地点は見えません。
個人的に、たぶん 2,000枚はあるだろう、黒い円盤のレコードをどうするか・・・ ですけれどね。 踏ん切りがつきません。
介護が無いときには、自宅のステレオ装置で連日聴いていたレコード。
ここ3年近く聴けなくなってしまいました。 これからの残りの人生時間を考えると、レコードもセレクト・厳選しなきゃなぁ、と思いますが・・・ 多数は1枚100円ほどで買ったものが多いのです(東京単身赴任時代、レコファン渋谷BEAM店頭のエサ箱で急激に増えました)が、1枚1枚、これを買ったときの情景も蘇ってきたりするので、なかなか踏ん切りがつかないんですよね。 困ったものだ。
しかも、自宅で書籍などブックオフに送り出した翌日。
朝起きたら腰が痛い・・・ 前夜は深酒をしていたので、当初は内臓疾患かなと疑ってその夜は禁酒しましたが、どうも外科的な痛みみたい。 これまでも、2〜3年に1〜2度くらい、腰に長引く痛みが発生しており、いずれも重いものを急に持つなどして発生するギックリ腰的なものではなく、何かの拍子に痛みが走る。 それがしばらく痛み続ける・・・ そんなことがあったことを思い出しました。 今回もそれみたいですね。
でも、朝起きたら痛くなっていた、このパターンは初めて。
3年以上なかった長引く腰の痛み。 これまでは自宅にいて、風呂で湯舟に浸かってケアもできましたけれど、いまは実家での介護生活。 風呂場は母親のためにシャワーのみ使用可能状態(洗い場に何も置かなくするため、オケやイスその他シャンプーなどを湯舟に入れ、湯舟はすぐに使えない状態)。 そのためか、なかなか痛みが治まらない。
そこで、「困った時の YouTube 先生」 で見つけた腰痛改善の運動。
これをやってなんとかマシになりました。 というか、この運動、この動画じゃないと思うけど、以前も痛んだときにやっていたようにも思います(人間って忘れっぽいなぁ)。
亡くなった父親は、椎間板ヘルニアをやっていたし、体格も似ているので注意しないと・・・
そんなこんなで 2025年も3分の1が過ぎ去りました。
今年もまた暑い夏がやってくるのか、と先読みしていたりしますが、5月は生まれ月(またひとつ馬齢を重ねますけれど)、5月はもうちょっとましな駄文が書けるように、と思います。
皆さまも、お身体ご自愛されまして、酷暑前の充実した時間がすごされますよう。
2025年04月01日
(乙巳/きのとみ3月の雑感)一月往ぬる二月逃げる三月去る
一月往ぬる、二月逃げる、三月去る、のとおり3月も去ってゆきました。
この3月は、子供の大学生活を発端として14年間、卒業後は移住も視野に入れ、住居を構え続けていた高知の部屋を引き払ったことに尽きるでしょう。
14年間、住んだ高知の荷物は多く・・・
しかも移住も視野に入れていたので、ステレオ装置ではLPレコードも聴け、テレビや洗濯機もここ1年で新調、姿見の鏡など新規購入したりして増えるばかり、でした。
しかし、この話が出てからは決心し(決心が揺らがないうちに)、段取りを考えて、高知市で資源ごみ(粗大ごみ)を捨てられる日や、プラごみを捨てる日、家庭ごみを捨てる日を考慮に入れ、ネットで廃棄業者を調べて相見積もりをし、書籍などは「宅本便」、ノートPCは「リネット」に引き取ってもらうよう手配したり・・・ でも、当方が到着するのと入れ違いで、息子が千葉からやってきて(前月もきて自分の不要物など捨てていましたが)捨て残したものや、長女の荷物の選別仕分けなどやってくれたのが助かりました。
当方が到着した夕方より「宅本便」に出す荷物を確認して詰めて梱包、送り返す荷物も梱包、翌朝に出す資源ごみ(粗大ごみ)と選別し、身軽にしてから廃棄業者の見積もりに備えました。 翌朝、小雨降るなか資源ごみ(粗大ごみ)をせっせと出して、廃棄業者(2社)の見積もりから業者決定。 送り返す荷物も発送し、ようやく一息つけました。
翌日、早朝よりプラごみを出す日で、昼までに「宅本便」(19個口)「リネット」(1個口)を呼んで発送。 しばし休息したのち、最終的に送り返す荷物の梱包・整理などをしたあと、この部屋での最後の夜を惜しみました。
そして退去日、この日は早朝より家庭ごみを出す日で、9時に廃棄業者の方が来られ、1時間弱で冷蔵庫・洗濯機・ガス台ほか家財道具や未分別のごみ類を持って帰ってもらいました。
その後は最後に送り返す荷物の梱包・送り出し。 部屋が空っぽになったあと、高知大生協食堂に行って食事、続いて高知大特別支援学校がやっているドイツ人菓子マイスターが監修しているカフェでお菓とお茶してきました(ここの紅茶が美味しいので、奥さんはなにかを聞いていました)。
部屋に戻って休憩していたら、15時半頃に大家さんから連絡(夕方とのことでしたが)があり、部屋を見てもらって鍵をお返しし、終了しました。
手荷物持って朝倉駅に向かうと、高知大前に路面電車が待っているので、そこに乗車。 はりまや橋で降り、事前に予約していた路面電車を見下ろせる「西鉄イン」にて高知在住最後の夜を迎えたのでした。
そして最後の晩餐、よく伺った帯屋町「土佐ノ國 二十四万石」に行き、迷ったあげく煮魚「がしら定食」として、瀧嵐の生酒をつけて高知の名残を惜しみました。
住む場所はなくなりましたが、また高知にやってきたいと思う夜でした。
その後も、高知より奈良の自宅に送った約30個口におよぶ荷物の開梱・整理など(まだ完結でしていませんが)、大阪の実家での介護の合間を縫ってぼちぼちと進めています。
そんな慌たしく、でもその反動で動きたくない気分もあって月末。
29日に、休館後初めて大和文華館に行ってきました。 会員になっていますので「春の訪れ −梅と桜−」の展示を観ないとソン、というのはありますが、本館脇にある枝垂れサクラや梅園など、お庭もどうなっているのかを見たかったのでした。
その枝垂れサクラは満開、行って良かったですね。
そんなこんな、2025年も3ヶ月が過ぎ去ってゆきました。
年々、年取るごとに時間が早く過ぎ去ってゆくようですけれど、4月もまたこんな駄文が書けることがあるように行動したいと思います。
皆さまも、くれぐれもお身体ご自愛されまして、充実した時間がすごされますよう。
この3月は、子供の大学生活を発端として14年間、卒業後は移住も視野に入れ、住居を構え続けていた高知の部屋を引き払ったことに尽きるでしょう。
14年間、住んだ高知の荷物は多く・・・
しかも移住も視野に入れていたので、ステレオ装置ではLPレコードも聴け、テレビや洗濯機もここ1年で新調、姿見の鏡など新規購入したりして増えるばかり、でした。
しかし、この話が出てからは決心し(決心が揺らがないうちに)、段取りを考えて、高知市で資源ごみ(粗大ごみ)を捨てられる日や、プラごみを捨てる日、家庭ごみを捨てる日を考慮に入れ、ネットで廃棄業者を調べて相見積もりをし、書籍などは「宅本便」、ノートPCは「リネット」に引き取ってもらうよう手配したり・・・ でも、当方が到着するのと入れ違いで、息子が千葉からやってきて(前月もきて自分の不要物など捨てていましたが)捨て残したものや、長女の荷物の選別仕分けなどやってくれたのが助かりました。
当方が到着した夕方より「宅本便」に出す荷物を確認して詰めて梱包、送り返す荷物も梱包、翌朝に出す資源ごみ(粗大ごみ)と選別し、身軽にしてから廃棄業者の見積もりに備えました。 翌朝、小雨降るなか資源ごみ(粗大ごみ)をせっせと出して、廃棄業者(2社)の見積もりから業者決定。 送り返す荷物も発送し、ようやく一息つけました。
翌日、早朝よりプラごみを出す日で、昼までに「宅本便」(19個口)「リネット」(1個口)を呼んで発送。 しばし休息したのち、最終的に送り返す荷物の梱包・整理などをしたあと、この部屋での最後の夜を惜しみました。
そして退去日、この日は早朝より家庭ごみを出す日で、9時に廃棄業者の方が来られ、1時間弱で冷蔵庫・洗濯機・ガス台ほか家財道具や未分別のごみ類を持って帰ってもらいました。
その後は最後に送り返す荷物の梱包・送り出し。 部屋が空っぽになったあと、高知大生協食堂に行って食事、続いて高知大特別支援学校がやっているドイツ人菓子マイスターが監修しているカフェでお菓とお茶してきました(ここの紅茶が美味しいので、奥さんはなにかを聞いていました)。
部屋に戻って休憩していたら、15時半頃に大家さんから連絡(夕方とのことでしたが)があり、部屋を見てもらって鍵をお返しし、終了しました。
手荷物持って朝倉駅に向かうと、高知大前に路面電車が待っているので、そこに乗車。 はりまや橋で降り、事前に予約していた路面電車を見下ろせる「西鉄イン」にて高知在住最後の夜を迎えたのでした。
そして最後の晩餐、よく伺った帯屋町「土佐ノ國 二十四万石」に行き、迷ったあげく煮魚「がしら定食」として、瀧嵐の生酒をつけて高知の名残を惜しみました。
住む場所はなくなりましたが、また高知にやってきたいと思う夜でした。
その後も、高知より奈良の自宅に送った約30個口におよぶ荷物の開梱・整理など(まだ完結でしていませんが)、大阪の実家での介護の合間を縫ってぼちぼちと進めています。
そんな慌たしく、でもその反動で動きたくない気分もあって月末。
29日に、休館後初めて大和文華館に行ってきました。 会員になっていますので「春の訪れ −梅と桜−」の展示を観ないとソン、というのはありますが、本館脇にある枝垂れサクラや梅園など、お庭もどうなっているのかを見たかったのでした。
その枝垂れサクラは満開、行って良かったですね。
そんなこんな、2025年も3ヶ月が過ぎ去ってゆきました。
年々、年取るごとに時間が早く過ぎ去ってゆくようですけれど、4月もまたこんな駄文が書けることがあるように行動したいと思います。
皆さまも、くれぐれもお身体ご自愛されまして、充実した時間がすごされますよう。

