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2024年01月01日

(癸卯/みずのとう12月の雑感)師走は去った、2023年も去った

思いもかけず母親が脳梗塞で救急搬送という事態に陥ったのが2022年5月。
実家リフォームなどを経て、同年9月末より実家で母親の介護となり(世間では老々介護の範疇になるみたい)早や1年3ヶ月。 母親も9月で90歳を迎え、同居を始めた頃よりも足腰の衰えはいかんともしがたく、徐々に退行しております。 筋肉は、いくつになっても鍛えられるようですが、何ぶん面倒なことが嫌いな本来の性分(昔はそう思わなかったけどなぁ)が出ているみたい。 この年齢ですからね、我慢したり努力する気力も衰えているのでしょう。 反面教師にしたいと思います。

そんなことやらで、自分の時間が作りやすくなりました。
同居当初みたいに夜更かししたり、早朝にTVを見たいと言って起きてくることはほぼ皆無。 夜8〜9時には床に入り、デイサービスのない日なら昼まで寝るのが常態化しています。 同居を始めた前後より、奈良大学の勉強は滞ってしまいましたが、またこの頃にやっていたのが難解な教科書の「シルクロード学」。 理解を進めるための参考書がいま手元3冊残っていますけれど、これらも読み込んでのレポート作成には難渋しました。 これを過ぎてからスクーリング(コロナのためにリモート開催)ではずみをつけて勉強再開、春先からテキスト科目で単位習得にまい進しました。

思い返して面白かった勉強は「西洋史概論」ですね。
レポート課題がテキストのギリシア・ローマ史のなかから章を選んで「自由に述べよ」。 これで 6,400文字を埋める必要ありましたが、アテナイの民主政をテーマとし、現代日本の地方議会にも抽選制で議員を選出することを提案するレポートを作成。 国政は憲法改正が必要だとか、裁判員裁判も抽選制なのですよね、とても良い勉強をしたと思いました。

あと「西洋史特殊講義」も面白かったなぁ。
英国の近代史より転換点を述べなさいという 3,200文字のレポート作成。 イギリス二大政党政治の転換と戦間期社会をテーマとしました。 欧州社会では、第一次世界大戦で受けた影響の大きさは計り知れないものがあるのですね。 この学習中、日本ではこれが無かったことより無謀な第二次大戦に突き進んだ、との司馬遼太郎さんも指摘していて、レポート範疇外ですがこちらも勉強になりました。 テキストや参考書を纏めるレポート作成は得意なので、これらには面食らいましたけれど、自分の考えを纏めるために調べることから始めるので、ほんと勉強したなぁ、という実感も持てた良い時間でした。

そして極めつけは「卒論」。
じつは入学前から卒論におののいていました。 会社員を辞める1年前、奈良大学通信教育部の事を知って在職しながら奈良大で勉強したい、と思いましたけれど、ネックは卒論を書かないといけないということ。 テーマが浮かびません。 現役時代は理系なので、研究室でやる実験などがテーマになるので、テーマを何にするかなんて考えなかった。 でも通信教育でもあるし、自分でテーマを見つける必要があります。 このため1年間(入学前から)卒論テーマを悩んでいたのでした。 ようやく不空羂索観音像をテーマにしょうと決めたのは、退職直前だったかな。 それから図書館で借りる事ができる参考資料、ネットで拾える論文を読みはじめていたのでした。

紆余曲折があって、入学時点に決めたテーマは「文化財学演習T」での先生の講評より法華堂像に絞り込みましたが、「文化財学演習V」の事前課題提出で構成変更の必要性を感じ、講義後も仮説提示を加えるなど、介護を終えた夜にウィスキー片手に目を輝かせて「草稿」を書いていました。 そして提出した「草稿」は、指導教官(主査)より好意的な講評を頂いて戻ってきましたけれど、しばらくして副査の先生より、普段はないという講評が届いて、「喝」を入れられました。 ご指摘ごもっと。 自分でも気付いてはいたのですけどね、史料にまで踏み込む能力が足りないのです。 しかし普段はないという講評を頂けたということは、期待もされているのだと受け取りました。 おののいた「卒論」ですが、やりがいあるものだなと、この年齢になって認識したしだいです。 現役時代、卒業手段くらいにしか思っていなかったけれど、いま卒論を書いてよかったなぁ、つくづく思います。 とにかく、あと少し頑張ります。

最後に2023年を振り返ってみると、3月に大きな出来事がありました。
1984年3月、帯広を離れてから約40年ぶりとなる北海道帯広は、まず釧路空港に悪天候のなかからくも到着。 懐かしの十勝川温泉・大平原で一泊したのち母校に行きました。 そして研究室の先輩(訪問時は教授)や同期たちとも約40年ぶりに会ってきました。 そして卒論テーマとしていた畜力噴霧器チャンピオンとも、川西「とかち農機具歴史館」を訪問し、特別に開館していただいて再会することもできました。 さらに六花亭やクランベリーのスイーツも堪能でき、幸せな時間でした。 今年は2月、極寒の帯広再訪を計画中です。 1年に一度くらい青春の地を訪れて我が人生を振り返り、残り少なくなった明日への活力を得たいと思います。

時間は何もしないでも過ぎ去ってゆくので、新年を迎えることが楽しいことだとは思いませんけれど、これを一つの区切りとして、これまで以上の何かを得ることができる1年にしたいと思います。
そして何より、身体が資本、コロナやインフルその他感染症にも細心の注意を払って乗り切りたいと思います。 この年齢、帯状疱疹や肺炎球菌ワクチンなども対象になるようですけどね、コロナワクチンも未接種で切り抜けてきていますので、注意を怠らずこの新しい1年もまた、このような駄文がまた書けますようにと思っています。

最後にこのような駄文を読んでくださった皆さま、本年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆さまにとりましても、幸多き一年となりますことをお祈りいたします。

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2023年12月01日

(癸卯/みずのとう11月の雑感)霜月は去った

11月末になると冬の装いも進みました。 今月は、短い秋と初冬が行ったり来たりだったようで、ゆっくりと秋を味わうこともなくなってしまうのでしょうかねぇ。 もとより実家での介護生活、合間を縫って自宅との往復で、秋の散策などする余裕も少ないのですけれど。

それでも今月は外出機会が多くありました。

8日はご近所美術館の大和文華館「いぬねこ彩彩」。 平日午前、開館直後に入ったのに入場者が思いのほか多く(いつも片手程度なのですけどね、失礼)、若い女性の姿も多くあって驚きました。 わんちゃん・ねこちゃんパワー、すごいですね。

18日は、所用で春日奥山「月日亭」で会食するという機会がありました。 この秋一番、冷え込んだという日でしたけれど、ミッション達成。 この後、奈良ホテルに行ってお茶してきました。 コーヒーよりもビールの値段が安いんですね、びっくり。 ここでケーキセットを頂き、実家に戻ってまいりました。

22日は、会社OB会の総会で新大阪オフィス。 今どきテレビ会議システムを使っての3拠点会議ですよ。 それでも石川本社・横浜本社に映る懐かしい方々も見ることができました。 その後の懇親会、コロナ前とはメンバーが若返りましたが、変わらず19時半すぎに散会。 記念撮影しなかったけど・・・と今になって気になるのは、長年事務局サイドだったからですね

翌23日は「たかとり城まつり」。 昨年コロナ禍があけての開催も雨が降り、時代行列はなどイベントは中止だったそうですが、この日は良い天気。 近鉄あみま倶楽部ハイキングも設定され、マップ片手の人も多く、それとは別に高取城まで行かれる方も。 手造りまつりの雰囲気がいいですね、賑わってましたよ。 そして、いずれまた城まで登りたい、と思ったのでした。

29日、中之島美術館「長澤芦雪−奇想の旅、天才絵師の全貌−」に行ってきました。 奈良大学生なので学割、1,800円→1,100円 で入場ですが、入場前の自動発券機の長蛇の列で辟易。 並んでいるのは、着飾っている中高年の方々ばかり、そして機械の前で試行錯誤・・・なので列が進みません。 お時間に余裕のある方々なので、文句の声も上がりませんけどね。

そもそも機械が3台しかなく、しかも直前でお札が引っかかったのか停止になって2台。 誘導員がインカムでヘルプを頼んで出てきた女性、操作してデイスプレイをスマホで写真撮り、別室と行き来してから、ようやく機器の鍵を使って開けて、集金部分を引き出しました。 引っかかっていた(?)1万円札を取り出してましたけれど、なんだかなぁ・・・現場にプロはおらんのか・・・という印象。

自動化・IT化し、混雑緩和・省力化をもくろんでいるのでしょうが、ここは美術館。 非日常、効率化とは別次元の場所ですよね。 違うアプローチがあるのではないでしょうか。 人件費かけて入場料が上がったとしても、非日常を味わいたいと思う中高年は来るでしょう。 その収益の一部から、青少年や年金生活者、生活保護世帯の方は安価とか無料で観覧できることが、社会のゆとり、ではないかと思ったしだい。 芦雪は、面白かったけれど、こっちの印象が強かったなぁ・・・

さて、奈良大学の卒業論文が17日に戻ってきました。

総合添削指導欄に
「難解な先行研究をよく読み込まれ、またそれらに導かれながら法華堂不空羂索観音立像の造像背景と安置の経緯について自らの考えを整理して示すことが出来ています。図や表も内容の理解を助けるものです。文章表現や誤字等修正の上、完成させてください。」

こんな過分な評価もいただき、赤字分を修正するため卒論を読み返したりしながら、文言修正をちんたらと考えていましたけけれど・・・

副査の先生より、普段は無いという講評が事務局より別便で24日に郵送されてきました。
「一度、諸論の論点や議論の流れを、表や図にまとめると良いでしょう。
自分自身の論点が、史料の新しい解釈などによって示されていないというのが課題であります。」

そうなんですよね。
そもそも史料を読み解く技量がないので、諸論を読み込んで、着眼点は別としても、悪い言い方ですが寄せ集めて自分の着眼点について自分の論を立てて、それでもまぁ卒論だから(不足分などは今後の課題やもんね)と思って提出したので・・・ いきなり、喝っ! を頂いた気分です。

論文本文を大幅に変更すると致命的に成りかねません。 いままた諸論を読み返し、どうしたものか、と思案しているところです。 年明け早々の卒論提出まで、アルコールで萎縮した脳みそフル回転(といっても介護の合間の限られた時間)で、なんとか突破口を見つけたい。

2023年最後の月を迎えます。 介護生活と折り合いをつけながら、今年になって帯広にも行けましたし、大学生活も復活して単位を取り、卒論も書きました。 色々なことと折り合いをつけながら2023年を終えられるようにしたと思います。 そのためにも新型コロナやインフルエンザなどなど、その他の感染症も流行っているので、免疫力を高めて乗り切りたいと思います。

皆さまも体調にご留意されてよいお年が迎えられるよう、あとひと月、ともに頑張りましょう。

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2023年11月01日

(癸卯/みずのとう10月の雑感)神無月は去った

10月になって急に季節が進んだみたい。 それでも寒暖差の大きな日が続いてますが、老母と過ごす実家にはコタツ(テーブル式ですが)も準備し、電気も入れていたりします。 10月になったばかりの頃はまだまだ暑かったのに・・・ 老母・老息ともに体調を崩さないようにしなければ。

老息の10月は、3日〜10日までの卒論(草稿)提出を初日に届くよう郵送したけれど、以降卒論ロス状態に陥っています。

卒論を書き・推敲していた時間、早く寝れば良いものを、手持無沙汰にボッ〜とパソコンに向かって過ごしていましたが、ようやく10日ほどたって、卒論テーマを定める前に読んでいた書籍・新書などを読み返し始めました。 卒論の核になった(難しい)論文を再読したり追加資料を集めることは、提出した論文の間違いを発見したり、新たな考えを思いついたとしてももう手遅れです。 提出した卒論(草稿)の査読結果は、11月下旬に戻ってくるそうです。 それまで「待ち」です。 査読された草稿内容で卒論提出OKとの評価を頂けたとしても、指導教官の添削内容を反映し、1月9日〜16日に最終稿を書き上げ、書類を添えて提出しないといけません。 独自に新たな内容を追加・変更するのは危険と判断しました。 とにかく出しちゃったもんね・・・

奈良大学での勉強を振り返ってみると、やはり歴史科目の勉強が面白かったですね。

東洋史概論は、苦手な中国史でかつテキストが難しく、何か書いているのかの見当も付け難かったけれど、図書館で借りた参考書をもとにレポートを纏めてテストを受け、なんとか「優」を頂けました。
西洋史概論も興味のなかったギリシア・ローマ史で、自由に論ぜよ、とのレポート課題に面喰いましたけれど、アテナイの直接民主政について、ちょうど統一地方選挙があったので日本の選挙制度の問題点も絡めてレポートを纏めたのは勉強になりました。
史料学概論、レポート課題で示されている主旨が解らず、まるで高い絶壁をよじ登るような心持。 提出前のレポートを書いては直すことの繰り返しをしているうちに、古文書(史料)に書かれている内容を精査して史料批判する学問であることにようやく気づきました。 そして試験はまさかの100点満点。

でも考古学概論は60点の「可」で、考古学とか古墳・遺跡ってあまり興味ないのが丸わかりですね・・・
あと文学論もダメダメでしたね。 NHKラジオ「古典講読」で「和泉式部日記」「蜻蛉日記」「紫式部日記」は録音するほど愛聴していましたけれど、気持ちとは裏腹に、平安文学論ではレポート再提出となってしまい、受けた試験も「可」。 江戸文学論に至っては、テキストが「日本永代蔵」が出したレポートは再提出、さらに書き直したレポートもまた却下、時間の無駄なので放逐しました。 文学は好きだと思っていたけれど、才能無いことも解りました。

小学生では無いのだし、残り時間も少ないのだから、苦手を克服することよりも、好きでかつ得意なことに時間を費やすことだなぁ、と実感したしだいです。

10月はご近所美術館から足が遠のきましたが、30日に「正倉院展」に行ってきました。
コロナ禍で、日時指定の展覧会となってしまいましたが、今年は昨年よりも人が多くて驚きました。 1回の入場者数も増やしているのでしょうかねぇ・・・ それまでもなのですが、あまり人出が多いのは苦手なのですよね。 中学生だった頃の正倉院展は、今の国宝館(旧館)しかなかったので、会場内は満員電車状態でしたけどねぇ・・・

新型コロナやインフルエンザなどなど、その他の感染症も流行っているようです。 注意しているつもりですけれど、何より免疫力を高めることが大切ですね。 皆さまも体調管理されるなどくれぐれもご注意ください。

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2023年10月01日

(癸卯/みずのとう9月の雑感)長月は去った

9月が去ったというのにまだ暑い日がありそうですね。 北海道大雪の紅葉は3週間遅れの見込みだそうですし、厚岸牡蠣まつりは例年10月開催なのが今年は牡蠣の成長が思わしくなく 11月18日(土)〜19日(日)の開催になったそうです。 暑い夏の影響がこんなところにも出ています。

さて当方の9月はというと、卒業論文一色だったといっても過言ではありませんでした。

8日(金)〜10日(日)は、これまでリモート開催だったスクーリングが奈良大学キャンパスで開催されたので、初めて奈良大学に行ってきました。 「文化財学演習V」で卒論テーマや研究方法についての報告会のようなものでした。 そして奈良大図書館では合本になっていた文献は図書館内でコピー(1ページ5円)しましたが、けっこう手間取りました。 重かったけど、2冊は貸出を行って、夜に自室でスキャンして印刷、翌日返却しました。 スキャンなら、上下反転もラクだし、多少傾いても補正できるので、コピー作業自体はウィスキー片手で楽ちんですね。

スクーリングで事前提出するレジュメ案作成時、構成見直しを行った第2稿。 これに新たに借りた文献を読んで加筆を行った第3稿、読み直すと重複箇所や前後関係がしっくりこない部分もあって第4稿となりました。 ここから誤字脱字レベルの修正で終えるつもりが、なんかボロボロのような気がし、第5稿を最終稿としましたが、それでもまた読み直すと目につくものですね。 29日の夜中まで最終稿に手を入れてましたが、これで草稿はオシマイとします。

規定では、卒論本文は 1,000字詰の用紙なら12〜20枚厳守ですが、現在19枚となっています。 これに、註、参考文献、図、表、写真を入れると35枚。 よくもまぁここまで膨らませたものですね。 あとは印刷、フラットファイルに綴じた正本・副本の2冊を作って、10月2日に送付する予定。 3日〜10日必着ですけれど、介護があるので早めの対応とします。 草稿は、11月末に返却されてきて、「卒論提出許可」ならば、添削・指摘箇所を修正して、来年1月9日〜16日必着で提出。 「不許可」ならば次年度再チャレンジですね。 草稿は大丈夫かな、と思うけれど・・・

ちなみに卒論提出して「合格」となると卒業ですが、当方は卒業単位には2単位足りないはずなので(「西洋史特殊講義」はレポート合格したけど、単位認定試験受けてません)、卒論に合格しても次年度も学生身分を続ける予定です。 この場合、不足単位数(1単位 5,000円)に応じた学費になり(うまくいくと 10,000円で学生身分が続き)ますが、卒論提出不許可ならば正規の学費(190,000円)が必要です。なんとしても卒論は出して合格しておきたいところなので、9月は少々気合を入れて頑張っていたつもりです。 どうなりますことやら。

8月はご近所美術館から足が遠のいてましたが、9月は13日に松伯美術館「上村松篁”創造美術”結成まで」、22日に大和文華館「文人サークルへようこそ」に行きました。また会社OB会である社友会理事会(5日)、定例会(27日)にも参加、27日は懇親会にも久しぶりに参加しましたし、30日には実家ご近所で弟・従弟ともども母親90賀の昼食会を催しました。 けっこう盛りだくさんな月になっていました。

新型コロナやインフルエンザなどなどその他感染症も流行っているようです。 動いたぶん注意しているつもりですけどね、皆さまもくれぐれもご注意ください。

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2023年09月01日

(癸卯/みずのとう8月の雑感)葉月は去った

今年の夏は暑い、そしてまだまだ暑いそうです。 体感的には「熱い」という漢字が良いような毎日ですが、そんななかでも毎日外出して、一日10,000歩以上を歩いて戻ってくる日々をすごしておいます。 さすがに外出は午前中をメインとし、午後2時頃には帰宅、シャワーで汗を流したあとはエアコンを効かせた部屋で昼寝をする毎日です。 昼寝をしないとさすがに体力が持たなくなってきたみたい。 寝たきり生活への序奏でしょうか。

このような生活を日々繰り返していますが、まったく外出しなかった日が1日だけありました。 台風がやってきた15日、朝から警報が出ているのでおとなしく自宅待機するしかありません。

一日中外出しなかったなんて、今年初めに自宅玄関分をリフォームしていたとき以来ですね。 手持無沙汰だったので、ここぞとばかり奈良大学の卒論(草稿の草稿)を最後まで書き進めてみました。 そういえばリフォーム中は、コロナ対策で在宅特別スクーリング期間中でもあったので、動画をあれこれ見て、3科目ほどレポート書いてましたね。

さて卒論、仮説のストーリーはまぁまぁかなと思えるけれど、参考文献をあれこれ見ながら一気に書き進めたので、構成にまとまりがなく、重複箇所や言葉足らずの箇所などてんこ盛り。 添削しながら読み進めてますが、文献を参照している箇所に註がついてなく部分など、さてどの文献の何ページに書いてあったのかを調べるものの見つからない・・・ どうにも見つけられないときは、その箇所を省いて新たな文献を見つけて註をつけてみたり・・・ でも註を変更するとなると、あとの註番号が1つずつズレてしまうんですよね(当たり前ですが)。 しかも註の箇所をさらってゆくと、註番号にばかり注意がいってしまい、今度は本文の確認がおろそかになってしまう。 なんとも集中力が続きません。 夜な夜なボケ防止をやっているつもりが、ボケの再確認と再生産のくりかえしみたいです。

9月初旬、卒論書くための必須科目であるスクーリング「文化財学演習V」があり、この科目を受講するために、研究レジュメ案(A4用紙×4枚迄)を持っていかねばなりません。
これを作成するため、久しぶりに研究史が書かれた書籍や概説が書かれた新書本など読み直して振り返りも実施。 すると新たに読んでみたい文献を発見しました。 いずれもご近所図書館にはなく、古本で1冊1,000円ちょっとで見つけた2冊ほどは追加購入しましたが、どうしても手に入らない3冊(さすがに1冊2万円ほどの書籍には手が出ません)は、スクーリングで奈良大学に行ったとき、奈良大図書館で必要部分を複写することにしました。 書籍の整理IDや請求番号などネットで調べられるので、楽チンです。 複写依頼するとコピーして送ってもくれますが、1ページ27円だったかな、それに送料もかかりますものね(国立国会図書館も同じような感じですね)。 まずは10月3日の卒論草稿提出までジタバタしています。

7月31日から8月2日、2泊3日での一昨年11月以来の高知行きでしたが、1日夜に食したシイラの刺身にあたってしまいました。 以前にも同様な上げたり下したりをしたことありますが、今回は新鮮そうだし少量なので気を許したのがいけなかった・・・どうも体質的にダメになってしまったようです(悲しいなぁ、シイラの刺身が喰えなくなるなんて)。 朝にはなんとか治まってきたので、バスに乗って大阪に戻りました(休憩箇所では個室トイレに直行でしたが)。 家に戻って体温を測ると37度ちょっと、まだ微熱もあったので大人しくしてました。
今回の高知行き、毎月第1火曜日はご近所で粗大ごみを捨てる日だったので、古くなった寝具など3組ほど出しに行ったのでした。 その目的は達成できたので、よしとしましょう。 でもしんどかったなぁ。

8月はお盆、ですが・・・ 毎日が日曜日の生活になっているため、お盆休みは関係ないけれど19日に広島から叔父さん夫婦がやってきました。
息子(従弟)の計らいで大阪にも介護付きの住宅の下見に来たのでした。 11月頃より大阪にも居を構える予定(広島の山の中なので冬はツライですものね。 夏の大阪もツライのでこの間は広島に戻る2拠点生活になるみたい)。 自宅に来てもらったものの、ご近所の和食處で食事をして別れました。 かつては自宅でもてなすところですが、リフォームして座る場所もなく、食器も処分したし、なにより高齢なので昔のように車座になっての宴会・会食というのもできません。 それでも11月から、ちょっとにぎやかになりそうな予感です。

そんなこんな、特に動きのなかった8月でしたね。
それでも、何でもない日常をすごすためにも新型コロナには注意したいと思っています。 皆さまも、くれぐれもご注意ください。

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2023年08月01日

(癸卯/みずのとう7月の雑感)文月は去った

新型コロナ第9波が忍び寄ってきているようですが、各地では4年ぶりの通常開催とうたったお祭りなどが開催されていますね。 昨年7月初めは全国で1日2万人だったのが、月末には大阪だけで2万人、東京は4万人など過去最高の感染者数でした。 昨年夏の阿波踊りや、高知よさこいの後には感染者数が爆発的に増えてましたけどねぇ・・・ とにかく経済をまわすべく眼をつぶって、浮かれている人には近寄らず、自衛あるのみでこの夏も乗り切る所存であります。

さて、8月になりましたね。 小学生のころ、あっ〜夏休みもあと1ヶ月かぁ・・・と、過ぎ去った7月の早さ、これからの短さを思っていたことを思い出しました。 もう会社には行かなく、仕事もしていないので、曜日感覚も怪しくなっていますけれど、卒論のことを考えると、ちょっと焦り始めています。 10月3日だったかな、草稿を書いて出さねばなりません。

このための準備として、まずはB5ルーズリーフ片面に、要点を手書きで乱雑に書き出してみたところ、ちょっとだけ頭が整理されてゆくみたい。 視点を変えて、もう1枚にも要点を書き出してゆく、こういった作業を繰り返しはじめましたけれど、けっこう大変。 なんたってこれまで書いたことある理系の論文って、目的・目標が明確にあって、どう実験して、その実験結果をどう関連付けてゆくか・そのためにデータをどう料理するか・追加実験するか・・・で、ある意味単純なことの繰り返し。

でも今回のは文系なので、目的・目標を仮説として考えるところから始めないといけない。 また仮説を立てるるためには先行論文をいくつか読み、その読んだなかから参考文献として挙げられていた文献をまた探して読む、この繰り返し。 脳みそが単純構造の当方には、あれこれと言われていて、どうすりゃいいのさ思案橋、と少々キャパオーバー気味ですわ。 とにかく、ここまできたら当初目標どおり「ボケ防止」として頑張りましょう。

7月は、夜な夜な大学の勉強をしつつ、13日には会社OB会の臨時理事会があったので、会社にも行ってきました。 母親はデイサービスのない日だったので自宅放置でしたけど、最近ちょっと調子良いみたいだったしね、結果的にもOKでした。 定例会は、デイサービスのある日でお出迎えしないといけないのパス。 ショートステイに預けても良かったけれど、翌週もショートなのは可哀そうですもの。

あと母親がデイサービスに行っている間隙を縫って、26日には大和文華館「追善の美術」、28日は奈良国立博物館「聖地・南山城」を観てきました。 ともに造形物が多くて、とくに南山城では仏像・神像など見ごたえありましたし、不空検索観音さまもいらしたのには吃驚。 あと牛頭天皇像も(意識して)初めて見たように思います。 発見がたくさんあって刺激になりました。 これも「ボケ防止」ですね。

そんなこんなで命に係わる暑さが続いていますが、31日より高知に来ています。 1年半ちょっとぶり。 コロナもあるけど、母親の介護の合間を縫って、平常な生活をちょっとづつ取り戻してゆけたらと思います。 そんな何でもない日常をすごすためにもコロナには注意したいと思います。 皆さまも、くれぐれもご注意ください。

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2023年07月01日

(癸卯/みずのとう6月の雑感)水無月は去った

母親が軽い脳梗塞で倒れて丸一年が経ちました。実家で同居を初めて丸九ヶ月ですか、早いですねぇ。 こんなことになるとは露ほども思わず始めた大学生(通信教育やけど)も、母親入院・実家リフォーム・実家での同居開始と中断期間があったので、遅れを挽回すべく(現実逃避的な気持ちも持ちつつ)今月も過ぎ去ってしまいました。

卒論にも着手せねばと思いつつも、単位習得を優先させて進めていた「西洋史概論」「江戸文学論」でしたが、長文で門前払いになった「西洋史概論」の再提出は、珍しく「着眼点」で「A」評価をいただいて戻ってきました。その他の項目はすべて「B」評価なのですけどね、来月末の試験を目指します。
これに比して「江戸文学論」はメタメタで、レポート再提出となり、再度出しなおしたものも再提出となって戻ってきました。 「平安文学論」はレポート再提出でしたが、2度目でなんとか(お情け)で合格した感ありましたけどね、こちらは三度目の正直に賭けるかどうか、現在ちょっと頭を冷却することにしました。 歴史科目などで考察して纏めるのは苦にはならないけど、文学論、皆さん苦労されているようですねぇ・・・ 出題の意図や解答の方向性がいまいち掴みにくいのよねぇ。

「考古学概論」は、6月12日にレポートを出しているので、近々戻ってくるでしょう。 そして現在「西洋史特殊講義」(近代イギリスの歴史)を進めていて、テキストを約半分ちょっと読んだところ。 並行して単位認定試験勉強に出る課題の解答も作っていますが、レポートはまだ未着手。 テキスト読み終えて、自分が興味持てた部分をレポートしてまとめるつもり。 これを優先させているので「江戸文学論」はちょっとお休みです。 同時に2科目とかできなくなりました(現役時代なら何なくこなしていたんでしょうけれど、年取ると一つに集中するので精一杯ですわ)。 でもそろそろ卒論も進めないと、などと思って焦りも感じはじめてますけれど。 そしてやり始めたら、他の単位習得のための勉強しなくなるでしょうねぇ・・・

とにかく実家住まいで2〜3日に1回程度、奈良の自宅を往復する生活ですが、6月は会社のOB/OG会である社友会のため、2回ほど新大阪オフィスに顔を出しました。 元の職場では退職しても補充がなく、残っているメンバーが少なくなってとっても大変になってますが、どうしてやることもできないものツライところです。 自分が管理職でここに赴任したときは、受け皿のように人が入ってきて、そのための新しい仕事を調整したり探してきたり・・・ 人ばっかりいて何もしていない、などと陰口をたたかれそうだったのですけどね。 退職してわずか1年判ほどですけれど、隔世の感をぬぐえません。 人が減るのは分かっていたことなのに、な。

あと6月は、自宅帰りの間隙を縫ってひさしぶりに会員になっている大和文華館に行ってきました。 「陶上の華やぎ −五彩と色絵−」という絵具で彩色されてまるで絵画を見ているかのような華やかな陶器を見ていると、気持ちも軽くなるようですね。 7月2日までの会期、駆け込みでしたが行って良かった。

さて5月29日に梅雨入り、6月末になって大阪特有の蒸し暑さもはひどくなってなってきました。 これまで奈良に住んでいたので、久しぶりの大阪での梅雨を体感しております(大阪から生駒に移り住んだのは32年前だったかしら)。 新型コロナは第9波になると言われだしましたね。 エアコンつけて密室になるとダメなんでしょうねぇ・・・ 注意しないといけませんね。 そして、7月もまたこのような駄文が書きたいと思いますが、 7月1日は「民俗学」「シルクロード学」の試験もあるのでした。 こちらも頑張らねば。
 
とにかく皆さまも新型コロナ感染には注意して梅雨を乗り切ってくださいね。


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2023年06月01日

(癸卯/みずのとう5月の雑感)皐月は去った

誕生月であり一番思い入れの強い5月、今年の5月も昨年同様に奈良大学の通信教育に精神的に追われながらも、なんとなく過ぎ去った感じですねぇ。 いかんですなぁ。

奈良大学は4年生となり、そして今年の大イヴェントが卒業論文です。
まずは履修届に卒論(8単位)を選択し、卒論計画書を添えて提出していましたが、「合格」判定で返送されてきました。 講評も「卒論としてふさわしい内容」という言葉をいただき、これらも参考になると近年の研究論文もいくつか提示してくださいましたけれど、これを集めるのがなかなか大変そうです。 近隣の大阪市や奈良市の図書館では所蔵しておらず、所蔵しているものの書庫資料で館内閲覧のみだったりします。 大学図書館で所蔵するものをコピーサービスを使って取り寄せることになるかなぁ・・・資料集めせねばなりませんけれど、固まってしまいました。

卒論の方向性は決まったけれど、卒業するための単位数の取得も進めねばなりません。
もとより卒業単位が足りなくて卒業できないとしても、卒論にさえ合格しておけば、次年度(5年生)の学費が安くなります。不足する単位数×5,000円だったかな(仮に2単位足りなければ、10,000円で)学生を続けることができますので、何がなんでも留年せずに卒業にこぎつけようなどとは思っていませんが、できるだけ多くの単位は習得しておくにこしたことはありません。次年度の学費が少なくなりますもの(卒論不合格なら次年度190,000円の学費がかかるのでこれは避けたいのだけれど・・・どこかで諦めるかもしれませんがね)。

ということで、このところ進めていた「西洋史概論」「江戸文学論」は、ともに今月レポートを書きあげて提出しました。 が、「西洋史概論」が再提出で戻ってきました。 4単位科目で 6,400字のレポート提出が求められてますけれど、なんと 8,000字を超す分量になっていたので「再提出」。 内容とは関係なく、分量で門前払いでした。 文章を刈り込み、冗長箇所を削除すると、いかにも慌てて提出したのか・・・反省しきりで提出しなおしました。 何事も拙速はよくないこと、痛感しました。

さて今月あったイヴェントを一つ思い出しました(近い記憶が定着しなくなる認知症かも)。

GW真っ只中の5日(こどもの日)に、中学校卒業50周年の同窓会が心斎橋の中国料理店・大成閣で行われたのでした。 前回5年前、還暦を迎えての同窓会をやっていたのですが、ちょうど父親が亡くなる前後だったので不参加となっていたので、10年ぶりくらいかしら? そもそも名札を見ないと(見たとしても)遠い記憶のかなたとなった同級生のなんと多かったことか。 というのも一番仲の良かった二人は既に鬼籍に入ってしまっているのでした。 よく三人でつるんでいて、映画を観に行き、大阪フィルや京都市交響楽団の演奏会に行き、京都市美術館ではゴヤ展を見て、奈良国立博物館では正倉院展、そして何より奈良の薬師寺や東大寺法華堂・戒壇院で仏像を間近で見て仏像ファンになるなど、今につながる経験をいっしょにしていた友人でした。 あと同じ高校に進学し、同じクラブ(弓道部)ですごしていた友人も所用で来てなかったことも残念でした。

あと26日には、天満天神繁昌亭に4年ぶりで行ってきました。

会社のOB会組織の「春の行事」といわれてるもので、コロナ禍があって4年ぶりの開催となりました。 前回は現役だったのでお世話係のお仕事で、チケット購入・配布、集合写真撮影、懇親会への誘導・進行・支払いなどなどやってましたけど、現在それは後輩社員がやってくれているので楽ちん(でも気になりますけどね)。
肝心の落語、トリの福笑さんの同窓会というネタ、大爆笑でしたね。 それと仁嬌さんの初天神は、亡くなった師匠仁鶴さんのとソックリでとても懐かしかった。

さて今月も実家住まいをしながら、2日に1回程度は約1〜2時間程度自宅に戻り、奈良市と大阪市の図書館に通って大学の勉強材料を調達し(現在、奈良市民俗芸能調査報告書を貸出中)、そして何より毎日のおさんどんの繰り返し(洗濯なんか雨の日でも1日3回はやってたりもする)。
そして今年は季節の移ろいがやけに早く、5月29日に梅雨入りでした。
今年も約半分が過ぎてしまいますね。 人生ははかなく短い。 あまり我慢をせず、出来る範囲で今のうちに出来ることはやっておきたいと思います。 言うだけで心もとないのだけれど・・・ ガンバロ。
そして、じわじわっと増えてきている新型コロナ感染、老母との同居生活なので充分注意し、6月もまたこのような駄文が書ければと思っています。
 
皆さまも、まだまだ新型コロナ感染には注意してくださいね。
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2023年05月01日

(癸卯/みずのとう4月の雑感)卯月は去った

4月より新年度、そして今、大型連休に突入していますけれど、なんせ毎日が日曜日の身の上です。 そしてまた3月に帯広というイヴェントがあったので、余計に4月は何もなかった・・・という印象で、なんとなく終わってしまいました。 今年は季節の移ろいが早くて、いろいろな花が咲くのを楽しんだり、松伯美術館、大和文華館、京都国立博物館にも行ったのですけれどね。 印象が薄い感じ。

さて奈良大学生としても4年生となりました。 履修届では、限度めいっぱいの単位数ぶんの科目を選択(選択した科目のテキスト代は授業料に含まれているので、卒業単位として認定されない自由選択科目でも履修届を出せばテキストが頂けます。 もっとも、人文地理学、自然地理学、気候学など興味もあるけれど、取り組む時間はないやろなぁ)、おまけに卒論計画書も作成して提出しました。 だから卒論を最優先として取り掛かりたいところですけれど、昨年度の半分、介護生活が始まったこともあって卒業できる単位取得が進んでいないのですよね(卒論を選択するための単位なら余裕だったのですけれど・・・)。 何はともあれ、提出している卒論計画書が合格しないと話になりません。 とにかく今、地道に西洋史概論と江戸文学論を進めているところ。 ともに難航していますけれどね。

実家住まいをしながら、2日に1回程度は約1〜2時間自宅に戻り、奈良市と大阪市の図書館に通って大学のレポート作成のための資料を手に入れ、そして何より毎日のおさんどん・・・それの繰り返しですね。 
人生ははかなく短い、あまり我慢をせず、出来る範囲で今のうちにできることはやっておきたい・・・と先月書いたけれど、心もとなかったなぁ。 でも日々出来る範囲で頑張りましょう、もう無理もできないみたいやし。
とにかく、これからも新型コロナ感染には充分に注意し、5月もまたこのような駄文が書きたいと思います。
 
皆さまも、まだまだ新型コロナ感染には注意してくださいね。

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2023年04月01日

(癸卯/みずのとう3月の雑感)一月往ぬる二月逃げる三月去る

一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、のとおり3月も去ってゆきました。

今月の一大イヴェントと言うよりも、1984年3月以来の大イヴェント、卒業以来初めての北海道、帯広に行きました。 何度か躊躇もし、断念しかかっていましたけれど、残り少なくなって日々も考えてなんとか踏んばりましたよ。 そして約40年ぶりに会えた同級生たち、そして酒を酌み交わすと、40年もあっという間にタイムスリップ。 学生時代と同じく「どんだけ飲むねん」ってぐらい2連チャンで飲みましたけれど、そんな旨い酒だと二日酔いなんてしないのですね。 いい想い出が残りました。 また行きたいな。

そんな帯広行きでしたが、出発した13日(月)はタイヘンで・・・ 機体整備で出発が15分ほど遅れたのはまだしも、大阪は夜半からの強い雨はあがってましたが、飛び立ってからは堺の古墳を上空から見たものあとは雲海。 約2時間後、そんな雲海の上で「釧路空港は視界不良で閉鎖、上空で待機し、着陸できないときは仙台国際空港に向かいます」との機内アナウンスに呆然としました。 頭の中も雲海のように一時真っ白に、仙台からどうやって帯広に・・・仙台からなら奈良に戻るしかない・・・って混乱しましたけれど、とにかく「降りてくれ、降りてくれ・・・」と念じまくりました。 そしてそれが通じたのか、30分ほど待機したのち「最終の着陸態勢に入ります」とのアナウンスとともに雲海の中に入ってゆきました。 安堵しましたけれど、今度は着陸大丈夫かなぁ、と複雑な気持ちで外を見ると(釧路空港は高台にあるので山にぶつかることはないはずと思いつつ)、時おり地面らしきものが見えたみたいだけど下の雲かなぁ、なんて思うこと数度、いきなり滑走路が見えて着陸。 見事な着陸だったと思います(大学受験時かな、千歳に着陸したときは晴れていたけど凍っていたのか少し横滑りしたみたいで怖かったけど)。

釧路空港発帯広行き長距離バス「スイーツラナー」に乗り、予定通り14時すぎに帯広に到着。 JR帯広駅は高架になり駅前広場の整備されているのは知ってましたが、市街地の空洞化は予想以上でした。 とにかくまずは六花亭のパーラーですよ。 建物は新しくなってますが青春の地でもあります(駅前に柳月のパーラーはもっと想い出深いけれど)。 ここで一息ついて休憩です。 このあとクランベリー本店を探してから駅前に戻り、初日の宿のある十勝川温泉・大平原に行くためのバス無料券を貰いましたが、なんと16時51分のバスは運休となっており、次のバスまで2時間待ち。 仕方なくJR帯広駅構内に行ってお土産物屋さんなどを散策、福祉作業所のお店もありました。 そして地下には市民ギャラリーもあって、なんと13日までの「坂本直行展」なるものが開催中。 これは見逃すわけにはいきませんので、たっぷりと鑑賞させていただきました。 バス・ターミナルに戻り、十勝川温泉行きバスに乗ってホテル大平原。 建物は学生時代からのままのよう・・・、ということは40年以上前の古いものでしょうが、こまめに手を入れていて古さは否めないものの、和室ですが畳も新しいし広々としてベッドが隣室にあって(押入れには布団もありましたけれど)、これはこれで趣を感じました。 頑張ってるなぁ、とも。

ホテル大平原、日帰り入浴でモール温泉を毎月毎週のように利用していて、それが懐かしくて今回ここに宿泊しました。 昔はどでかい大きな湯舟と小さな湯舟の2つくらいしかなかったけれど、今は大きな湯舟を小さくしてジェットバスが複数種類あり露天風呂やサウナも設けていて、これも時代の流れなのでしょうね。 フロントも中国の方がいらして、お客さんも中国の団体さん(以前より冬の北海道は台湾の方には大人気ですものね)であふれてました。
夕食朝食ともバイキングでしたが、団体さんの時間を外してゆくと、広々とした食事会場でゆっくりと色々な北海道らしい食事をいただきました(朝食はほとんど最後のお客さんでしたが、働いている方も追い出そうともせず丁寧に接客していただきました)。

チェクアウト、帯広駅前まで無料バス券で移動してから、歩いてこの先2日間の宿となる北海道ホテルへ、舗道脇に残雪が道をスーツケースを引いて曳いて移動。 事前に電話連絡していたので、チェックイン前の朝10時すぎでしたがスーツケースを預かってもらって身軽になりました。 イオン帯広店、学生時代はニチイ帯広店でしたね、ここと近隣で少々時間をつぶしてからバスで母校帯広畜産大学に移動。 色々な道路ができているみたいで、かつてのような最短コースではないし、以前あった道も広くなってるようですね。 見当もつかないまま稲田小学校、農業高校を見て、「リス飛び出し注意」の道路標識は今もあって、畜大前に到着です。

畜大ではまず生協食堂で昼食(外国人留学生多いですね)、購買部で畜大アイスクリームを購入、かつて食堂だった場所が自由に使えるテラスになっていてそこでアイスを食しました。 とにかくアチコチと小綺麗になってますな。
約束時間をちょっと過ぎてましたが、急いで懐かしい機械実習工場を見に行きました。 ここの概観はかつてのまま、木造の工場、シャッターの色は違うけれど格納庫は昔のまま。 ただ道路を隔てた附属家畜病院裏でトラクターで暴走?していた実験圃場は、建物が建ってなくなってました(悲しいな、ここから日高山脈見たかった)。 無くなったといえば、所属していたクラブ自動車部の車庫が無くなったのは聞いてましたが、隣にあったかつての化学棟も無くなっていたのはちょっと驚きました。 あれこれと建物が増えているようですし、時代は進んでるのですね。

本館(いまは1号館ですか)に入ります。 コロナのための温度計測装置はあるもの、セキュリティはなく、そのまま館内に入れるのですね。 吃驚です。 40年前に所属していた研究室の場所もちょっと見てから、その上、2階のちょっと奥にある研究室を表敬訪問です。 今年定年退官だそうですが、後継者不足で次年度も非常勤講師として勤務されるとのこと。 そうですかぁ、じゃぁまた来年も来る理由ができたなぁなんて、内心安堵したことを白状します。
お仕事を邪魔しては行けないので、夜の会食の確認をして研究室を辞し、大学の裏手の道路まで歩いてゆきバスに乗り(大学前のバスは1日2往復なんですね)、ホテルにまずはチェックイン。 約束時間である18時に間に合うように帯広市街地へ繰り出しましたが、少々迷って遅刻したものの約40年ぶりの同期が予約してくれたお店に到着。 その同期と先の研究室の先輩もすでに飲んでいて、この両者は同じ帯広なのに久しく会っていなかったようですね。 それぞれに忙しいみたいですが、会って飲めば一気に学生時代に戻った気分。 結局、23時頃まで(約5時間)ずっと飲みながら尽きる話もなく、本当に楽しい時間を過ごさせていただきました。 ありがとうございました。

北海道ホテル(かつてここには大谷高校があったのかな)に戻り、このホテルでもモール温泉が沸いていて、酔い覚まし、そして早朝にもまた大浴場の温泉に浸かってアルコールを飛ばし、そして美味しい朝食も頂いてエネルギー充填120%。 9時すぎ、イオン帯広店内をちょっと散策してから(ニチイ帯広店が出来たころが懐かしい)、ここからバスに乗って川西の「とかち農機具歴史館」へ向かいました。 バス時刻表を印刷して持ってましけれども、これに載ってない「川西○線」というのが次々に出てきてうろたえましたが、なんとか川西で下車。 今度はスマホの地図とGPSを頼りに「とかち農機具歴史館」を探し、なんとか到着(事前に「とかち大平原交流センター」をチェックすべきでした)。
事前にメール連絡していたので冬期閉館中でしたが特別に開けてもらい、これまた約40年ぶりの卒論テーマであった畜力噴霧器チャンピオンにも再会できました。 そしてこの他にも外国製の各種トラクターはじめ、北海道以外では使われていないだろう農機具(トラクターのアタッチメントとして稼働する各種農機具)もあれこれと見ることが出来、シアワセ。 やっぱ機械好きなのよねぇ・・・ってこと実感しました(文科系に憧れて勉強も始めているけれど、頭も心も機械系に馴染んでますね)。

11時過ぎ「とかち農機具歴史館」を辞し、バスで帯広に向かいますが、イトーヨーカドー(ここはかつてあったボーリング場の建物を使った「いちまるセンター」というマーケットがあってヨーカドーは市街地のビルにありましたけどね)の手前で途中下車。 クランベリー弥生通り店を目指して歩きます。 前夜、けっこう遠いよ、と言われたましたが、普段よりクルマ移動の方と違って、こちらは歩くのは小一時間でも平気なので苦にはなりません。 今地図で見ても2キロも歩かずに到着。 ここは本店と違ってイートインできるのですね。 スィートポテト、ポテトパイ、ソフトクリーム(なんと110円ながら美味)の名物3点をいただき、シアワセな時間を過ごすことが出来ました。
この間、夜に会う同期に連絡、会食場所を確認しましたが、なんと指定された店が今年になって閉店したことが判明。 あわてて連絡を繰り返し、結局はホテルで落ち合うことにし、またぶらぶらと2キロ弱歩いてホテルに移動しました。

同期は今は牧場の獣医となって働いているので(かつてはオホーツク海側で開業していたけれど今は辞めてよかったとのこと)、ホテルに着いてからも会食場所をスマホで検索して居酒屋をピックアップ。 ホテルに来た同期と合流し、歩いて市街地へとゆき、これまた少々迷ったものの検索した居酒屋で再会を祝しました。 最近の居酒屋らしく、スマホでQRコードを読んで注文するシステム、同期はガラケーなので当方が注文するしかなく、お互いにほとんど食べずに呑む一方なので、ほとんど熱燗ばかり増えてゆきました。 そして3時間ほど飲んだでしょうか、明日は帰らねばならないので、切り上げる感じでお開きとし、またの再会を誓ってタクシーにてホテルに戻りました。 同期はそのままタクシーで自宅へ(律儀にも自宅に戻った旨の電話も頂きました、同期とはいえ3つ年上なんですけどね)。 この夜もまたモール温泉に浸かって一日を振り返りました。 いい一日でした。

最終日、少々早めに起床。 モール温泉に浸かりに行き、帰りの荷支度としてスーツケース1個に土産と着替えを詰め込みました。 これを「ゆうパック」として、身軽な帰路です(しかし「ゆうパック」は2日後到着としたものの、飛行機減便だったそうで3日後に着きましたけどね)。 美味しいホテルの朝食を頂いて、帯広の食事とスィーツは美味しいのです。 そしてホテルの送迎バスにて帯広駅へ。 8:55発の長距離バス「スイーツライナー」で帯広を離れ、釧路空港12:15発の飛行機にて北海道も離れました。 このころ、母校帯広畜産大学の講堂では先輩による定年退官講演をされていたようです。 これを聴くことが当初の目的でしたが、母親の介護の都合によりこれは叶いませんでしたけれど、また帯広に行く口実が残っていることが分かった旅でした。 そして今回、食べようと思っていたものの、再訪かなわなかった六花亭パーラーのホットケーキ、これも食べたい。 いずれまた帯広を訪問したいと思います。 そして再訪するならば、極寒の頃がいいなぁ・・・なとど思いを馳せています。 帯広にいる同期などは、なんでそんな寒いときにと首傾げてますけどね。

今月はこの他にもいろいろとありましたけれど、これに尽きました。
人生ははかなく短い、あまり我慢をせず、出来る範囲で今のうちにできることはやっておきたいと思います。
3年ぶり、4年ぶりと言うイヴェントも多くなっており、奈良市街などの観光地には外国人も多く人出も戻っていますけれど、これからも新型コロナ感染には充分に注意して人の多いところは敬遠しながら、4月もまたこのような駄文が書きたいと思います。
 
皆さまも、まだまだ新型コロナ感染には注意してくださいね。

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