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2020年04月02日

大阪散歩20200329_大阪城公園・玉造口より

東京や大阪では外出自粛要請が出ていますけれど、実家に行かねばならず、
かといって、実家直行も閉塞感ありありなので、大阪城公園に行きました。
馬場町の交差点より入って、教育塔を右手に見て、東に歩き続けます。

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中学生の頃、このあたりの石垣が所々崩れて、水位も低かったですね。
今は綺麗な石垣に水も多く湛えて見栄えが良くなってます。

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玉造口、このあたり大きく崩れてましたね。
堀の下にまで下りていけて(自分は行ったことはありませんが)、
子犬が下に降りてウロウロしていたこともありました。

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玉造口を登ってゆきます。

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P3292504 posted by (C)fronte360

玉造口より城内に入りました。

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いつの頃でしょうかね、天守閣がこんなに立派になったのは・・・
中学生の頃には窓の下の獅子(虎?)の意匠などなかったんだけどな。

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内堀にそって梅園の方向に下ってゆきます。

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2020年03月31日

大阪散歩20200329_大阪城公園・陸軍射撃場跡

東京や大阪では外出自粛要請が出ていますけれど、実家に行かねばならず、
かといって、実家直行も閉塞感ありありなので、大阪城公園に行きました。
馬場町の交差点より入って、教育塔を右手に見て、東に歩きます。

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P3292495 posted by (C)fronte360

ここの水場、ちょうど中学生だったころに出来たのを覚えています。
工事が終わって、初めて水が入ったあと、カエルが出てきて驚きました。
後ろのビルは、電電公社。 今はNTT西日本ですね。
結婚したとき、ここに電話を申込に行きました。

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当時はこんなにサクラは植わってなかったですね。

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中学1年のころ、ここは工事現場でしたね。
もともと陸軍の射撃場だったらしく荒れ果てていたし、石垣も崩れてました。

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この祠、中学時代もありましたが、小ぎれいになってますね。
向こうに天守閣が見えます。

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2020年03月30日

大阪散歩20200329_大阪城公園・馬場町より

東京や大阪では外出自粛要請が出ていますけれど、実家に行かねばならず、
かといって、実家直行も閉塞感ありありなので、大阪城公園に行きました。

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地下鉄谷町4丁目で下車、馬場町の交差点より大阪城公園に入りました。
もうちょっと閑散としているかな、と思いきや人影がけっこうありますね。

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ここは中学校への通学路としていていたコース。 思い出深い道です。

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右に見えるのは「教育塔」

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教育塔
1934年の室戸台風で殉職した教員や死亡した児童が多数出たため、二度と同じような災害が起きないよう祈願し、1936年に帝国教育会の発案・決議により建設された。塔の設計者は公募され、島川精が設計を行った。建設費は寄付で賄われ、当時の金額で約17万5千円、式典費、準備費等を合わせると約32万円かかった。
太平洋戦争後、管理を日本教職員組合が引き継いだ。
(Wikipedia「教育塔」より)

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懐かしい通学路です。


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2020年03月27日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 石切さん参道(3)

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て、
生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より石切神社の散策を終え参道へ

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石切不動明王があります。 いわゆる「水掛けお不動さん」です。

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ここを出てちょっと登って、道路を渡ったところに石切大仏
逆光で暗く写ってますが・・・

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日本で3番目に大きな大仏とのことですが・・・本当に3番目かは???

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ここも阪本漢方の阪本昌胤さんによる建立です。

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ハイキングコースはここより額田駅を目指すことになってますが・・・

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坂をこのまま登って石切駅へと向かいました。

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坂を登り切って、線路沿いに石切駅。

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このハイキング、最後は個人的にいつもの石切さんでしたが、
旧生駒トンネルはじめ、知らないところを巡った楽しいハイキングでした。

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おしまい。

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2020年03月26日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 石切さん参道(2)

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て、
生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より石切神社の散策を終え参道へ

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新しいお店も増えてます。 つけもの横丁ですか。

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古いお店もがんばってます。 漢方薬屋さん。

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こちらは占いのお店、あちこちにありまっせ。

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2020年03月25日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 石切さん参道

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て、
生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より石切神社の散策を終え・・・

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社殿に向かって右、参道を通って石切駅に向かうことにしました。

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参道のお店を覗くのも楽しみですね。

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昔ながらの風情、昭和の風がいまも吹いているようですね。

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2020年03月19日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 神門-絵馬殿

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て
今度は生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より更に南下して石切神社。

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P2092198 posted by (C)fronte360

神門、絵馬殿と呼ばれています。
屋根に燦然と輝く剣と矢、青空に映えてます。

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神門の2体の神像。
饒速日尊(にぎはやひのみこと)とその子、可美真手命(うましまでのみこと)
でしょうか?

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「石切劔箭大神御霊験」という額がかかってますね。

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なんでも「るいれき」に罹って医師にも見放されたけれど、
この神社にすがって一週間の願掛けをしたところ、不思議にも、
満願の朝に「るいれき」は跡形なく消え去っていた。
あまりの嬉しさとありがたさに一般の人々にも御神恩に報いたく奉納した。
とまぁそんなことが書かれていました。

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P2092200 posted by (C)fronte360


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2020年03月18日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 石切劔箭神社

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て
今度は生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より更に南下して石切神社。

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P2092191 posted by (C)fronte360

いつもながら、たくさんの方がお百度を踏んでおられますね。

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石切劔箭神社(いしきりつるぎやじんじゃ)
「石切さん」「でんぼ(腫れ物)の神様」として親しまれ、本殿前と神社入り口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に有名。創建年代は、火災により社殿及び宝庫が悉く消失したため詳らかではないが、代々の社家「木積」家には、皇紀2年に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを神社の起源とし、崇神天皇の御世に現本社に可美真手命が奉祀されたと伝わる。現在確認できる文献では、日本三代実録(巻十一)に「貞観7年(865年)9月22日に河内国正六位の石切劔箭神社従五位下を授く」との記述がみられ、延喜式神名帳にも「石切劔箭命神社二座」とみられる。
室町時代末期に兵火にかかり、神宮寺であった天台宗法通寺とともに社殿を焼失する。
その後復興したが、宮山の地にあった祭祀の場はいつの頃か現上之社の場所に遷された。1905年(明治38年)には饒速日尊が現在の本社本殿に合祀された。その後も、上之社のあった土地は、奥の院として信仰を集め、いよいよ再興の気運が高まり、1932年(昭和7年)に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移し、1972年(昭和47年)に往古の姿を取り戻した。
(Wikipedia「石切劔箭神社」より)

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信心の薄い当方は場違いな感じもするので境内を出ましょう。

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2020年03月17日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 阪本漢方

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て
今度は生駒山を左手に見ながら南下、根津家石灯籠より更に南下

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東高野街道、川のほとりの大峰登山百二度供養塔

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さらに南下して鮨屋の看板を左(東)へ曲がると、石切神社の参道ですね。

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阪本漢方ですが、閉まってますね。
調べてみると、京都の阪本漢方堂がでてきました。

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阪本漢方堂の歴史
阪本漢方堂薬局は、およそ100年前、東大阪市の石切神社のねきの製材所から始まり、関西を中心に製薬業、漢方薬局として展開し、京都には2店舗の漢方専門薬局があります。大阪平野の東、生駒山山麓に鎮座する石切さんで親しまれている石切神社は正式名称 石切劔箭(いしきりつるぎや)神社でおでき(腫れ物)が治るというご利益が有名です。本殿前と神社入口にある百度石の間を行き来するお百度参りが全国的に知られています。
石切り神社の名前の由来は、ご祭神のご神威が強固な岩をも切り裂き、貫き通すほど偉大な様を表しています。ご祭神は饒速日尊(にぎはやひのみこと)とその御子の可美真手命(うましまでのみこと)で石切大明神とし総称されます。
近鉄奈良線石切駅より石切神社に至る参道に百数十店の商店が立ち並んでおります。飲食店から食品、占い、漢方薬、衣料品、日用品など他にはない珍しいもの、懐かしいものが見つかります。
この石切参道商店街の入り口一角で阪本漢方堂は始まりました。
阪本漢方堂薬局HPより)

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なお本家は尼崎の阪本漢方製薬らしいです。
初代社長の阪本ふささんが、和歌山藩士四世・阪本昌胤(まさたね)さんの
奥さんで、東大阪市会議員だったので名前を出していないけれど
実質上のオーナーだったことを書かれたページもありました。
(「小ネタ隊がゆく」)

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さあて、石切さん到着です。

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2020年03月16日

大阪散歩20200209_石切散策巡り: 根津家石灯籠

2月9日(日)は、近電電車の東花園駅長お薦めフリーハイキング
「こんなところに歴史発見!石切散策巡り」に行ってきました。
旧生駒トンネル、思ってもみなかった孔舎衛坂駅フェンスの中に入ったあと、
大龍寺より日下集落常夜灯、旧河澄家、善根寺春日神社、大坂城残念石を見て

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今度は生駒山を左手に見ながら、ずっと南下しました。

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国道170号に出て、日下リージョンセンター

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谷崎潤一郎は、一時、日新高校の北、池之端付近の山中にあった大阪の豪商根津商店の別荘に住んでいました。その時庭園にあった石灯篭が日下リージョンセンター前に保存されています。
(東大阪観光協会「東大阪ええトコMap」より)

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谷崎はこのあと夙川に転居しますが、そこも根津家の別荘の離れだそうです。
この東大阪の地に谷崎が住んだのは、上田秋声の住居跡が近くにあった
ことによるとのことでした。 知らなんだ。

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これより国道170号線より離れて、東高野街道で更に南下しました。

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