2019年07月18日

大阪散歩20190629_古市古墳群を歩く:応神天皇陵古墳

百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決定する直前の6/29(土)
羽曳野市共催・古市駅長お薦めフリーハイキング
「古市古墳群を歩く 目指せ!世界文化遺産を大阪に」に参加。
今年24回目となるハイキング参加記録です。 応神天皇陵古墳目指します。

P6292249
P6292249 posted by (C)fronte360

応神天皇陵古墳に接した住宅街を北上します。
東高野街道の石碑を左手に折れて進み、古墳にそって左に回り込みました。

P6292250
P6292250 posted by (C)fronte360

応神天皇陵古墳の北側にある大鳥塚古墳

P6292251
P6292251 posted by (C)fronte360

時  代:古墳時代 中期中葉
古墳の形:前方後円墳
墳丘長 :110m
墳丘は百舌鳥・古市古墳群では変則的で、後円部が3段、前方部が2段に築かれ、後円部高が著しく高いことが特徴です。くびれ部の両側に造出しが設けられています。埋葬施設は後円部に粘土槨が存在し、刀、剣、矛、鏃などの鉄製武器が副葬されていたようです。
墳丘の周囲には、幅の狭い馬蹄形の濠が巡ります。濠は当初から水を湛えていなかったと推測され、埋没保存されています。
演奏埴輪、形象埴輪が出土されています。

P6292253
P6292253 posted by (C)fronte360

さっそく墳丘に上ってみましたが、木立があるので見通しよくないね。

P6292255
P6292255 posted by (C)fronte360

墳丘をかけくだって応神天皇陵に急ぎました。

P6292256
P6292256 posted by (C)fronte360

昨年のハイキングでも来たので2回目ですね。

P6292257
P6292257 posted by (C)fronte360

けっこう広いんですよね。

P6292258
P6292258 posted by (C)fronte360

応神天皇陵古墳

P6292259
P6292259 posted by (C)fronte360

古市古墳群最大の前方後円墳で、墳丘長約425メートル、後円部直径250メートル、高さ35メートル、前方部幅300メートル、高さ36メートルを測ります。百舌鳥古墳群の仁徳陵古墳(大仙古墳)に次いで2番目の大きさを誇ります。また、古墳を築造したときに使用した土の量は約143万立法メートルにものぼり、大仙古墳を上回っています。墳丘は三段に積み重ねられ、斜面は一面に石が 葺(ふ)かれています。テラスと呼ばれる平坦な部分には推定2万本に及ぶ円筒埴輪が立て並べられていたと考えられます。5世紀前半頃の築造と考えられています。
墳丘のまわりには二重の周濠(しゅうごう)が巡りますが、東側では先に造られた二ツ塚古墳を避けて少しいびつな形になっています。出土遺物には、円筒埴輪や盾・靫(ゆぎ)・家・水鳥などの形象埴輪の他に、蓋形の木製品やクジラ・タコなどの土製品あります。
(羽曳野市HP「応神天皇陵古墳」より)

P6292260
P6292260 posted by (C)fronte360

誉田御廟山古墳 (こんだごびょうやまこふん)または
誉田山古墳(こんだやまこふん)と呼ばれているそうです。




posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月17日

大阪散歩20190629_古市古墳群を歩く:誉田八幡宮・放生橋

百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決定する直前の6/29(土)
羽曳野市共催・古市駅長お薦めフリーハイキング
「古市古墳群を歩く 目指せ!世界文化遺産を大阪に」に参加。
今年24回目となるハイキング参加記録です。 誉田八幡宮にやってきました。

P6292245
P6292245 posted by (C)fronte360

境内を散策、拝殿に向かって右側進みますと、大きな石橋

P6292240
P6292240 posted by (C)fronte360

P6292243
P6292243 posted by (C)fronte360

放生橋(ほうじょうばし)だそうです。

P6292242
P6292242 posted by (C)fronte360

応神天皇を祀る誉田八幡宮の本殿から応神天皇陵に向かう参道を横切って流れる放生川には、放生橋と呼ばれる石の反橋が架けられています。
橋の本体は長さ5.8m、幅2.5m、高さ4.8mで、3本の橋脚の上に橋桁を渡して、幅30cm、厚さ12cmほどの花崗岩製の橋板を並べ、その上には装飾をもつ束石を置いて高さ70cmの欄干が組まれています。両端には擬宝珠(ねぎの花の形に似た装飾)を付けた柱が立てられ、八の字形に開いた袖高欄が設けられます。
大きな反りをもつことに特徴があり、木造の橋の構造を応用して造られた石橋と考えられます。橋が架けられたのは江戸時代前半と推定され、その後、何度かの修理が行われています。
9月15日の秋季大祭では、応神天皇の神霊をのせた神輿が本殿からこの橋を渡って応神天皇陵へ渡御する神事が厳かに執り行われます(現在は脇の平橋を渡ります)。
応神天皇を主祭神とする誉田八幡宮と、応神天皇陵との関係を象徴する放生橋は、歴史的にも重要な遺構と言えます。

P6292244
P6292244 posted by (C)fronte360

拝殿前にもどって、その応神天皇陵に向かって歩きます。

P6292246
P6292246 posted by (C)fronte360

そうそう、ここは大坂夏の陣の誉田の戦いがあたところですね。

P6292247
P6292247 posted by (C)fronte360

それはまた後日として、先を急ぎます。

P6292248
P6292248 posted by (C)fronte360



posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月16日

大阪散歩20190629_古市古墳群を歩く:誉田八幡宮

百舌鳥・古市古墳群の世界遺産登録が決定する直前の6/29(土)
羽曳野市共催・古市駅長お薦めフリーハイキング
「古市古墳群を歩く 目指せ!世界文化遺産を大阪に」に参加しました。
今年24回目となるハイキング参加記録です。

P6292229
P6292229 posted by (C)fronte360

近鉄・南大阪線古市駅前広場でマップを頂いてスタート!
広場隣の白鳥神社も気になりますが、先を急ぐことにします。

P6292230
P6292230 posted by (C)fronte360

昨年も古市古墳群を訪ねるハイキングに参加しましたが、
今回はコースがコンパクトに纏められているようですね。

P6292231
P6292231 posted by (C)fronte360

商店街を左に折れて、白鳥神社の東側の参道を見ながら北進しました。
これやったら白鳥神社の境内を抜けたほうが良かったかも・・・

P6292232
P6292232 posted by (C)fronte360

南大阪線の線路を渡って北へと歩みを進めます。

P6292233
P6292233 posted by (C)fronte360

民家の先に誉田八幡宮の門が見えてきました。

P6292234
P6292234 posted by (C)fronte360

南大門より中に入ります。

P6292236
P6292236 posted by (C)fronte360

この南大門、そもそも神宮寺の長野山護国寺の門だったそうですが、
明治の廃仏毀釈で大半の建物が取り壊されて、この南大門だけ残ったそうです。

P6292237
P6292237 posted by (C)fronte360

拝殿、そして右近の橘

P6292238
P6292238 posted by (C)fronte360

左近の桜

P6292239
P6292239 posted by (C)fronte360

誉田八幡宮(こんだはちまんぐう)
社伝によると、欽明天皇20年(559年)に任那の復興を目指した欽明天皇によって、応神天皇陵前に神廟が設置されたことをもって創建としており、最古の八幡宮を称している。奈良時代には行基によって神宮寺の長野山護国寺も創建された。永承6年(1051年)の後冷泉天皇行幸の際に、元の鎮座地から1町ほど南の現在地に遷座した。
(Wikipedia「誉田八幡宮」より)


posted by fronte360 at 05:25| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年07月03日

奈良散歩20190622_奈良大和四寺巡礼シリーズ(3)岡寺:橘寺へ

今年21回目の近鉄ハイキングへの参加記録。
近鉄万歩ハイキング「奈良大和四寺巡礼シリーズ(3)岡寺」
安部文珠院、長谷寺に続いて岡寺ですが、まず飛鳥駅より高松塚へと向かい

P6222145
P6222145 posted by (C)fronte360

墳丘をぐるっと巡って橘寺へと向かいました。
いつものハイキングでは国道沿いを歩いていたのですが、
今回は田植えの済んだ田んぼを見ながらのハイキングらしいハイキングです。

P6222146
P6222146 posted by (C)fronte360

田んぼの向こうに橘寺が見えてきました。

橘寺
橘寺(たちばなでら)は、奈良県高市郡明日香村にある天台宗の寺院。正式には「仏頭山上宮皇院菩提寺」と称し、本尊は聖徳太子・如意輪観音。橘寺という名は、垂仁天皇の命により不老不死の果物を取りに行った田道間守が持ち帰った橘の実を植えたことに由来する。新西国三十三箇所第10番札所。
(Wikipedia「橘寺」より)

P6222147
P6222147 posted by (C)fronte360

昨年、9月23日のハイキングではこの門をくぐって境内を散策しました。

P6222149
P6222149 posted by (C)fronte360

今回はパスして先を急ぎます。 前回の訪問の様子は以下よりご覧ください。

奈良散歩20180923_飛鳥の古代ロマン・橘寺
http://fronte360.seesaa.net/article/461826035.html
奈良散歩20180923_飛鳥の古代ロマン・橘寺(その2)
http://fronte360.seesaa.net/article/461826047.html

橘寺の南側(山側)塀より中を覗いてみました。

P6222151
P6222151 posted by (C)fronte360

南側(山側)には色々な石仏があるのですね。

P6222154
P6222154 posted by (C)fronte360

P6222153
P6222153 posted by (C)fronte360

P6222152
P6222152 posted by (C)fronte360

鳥獣供養之碑、猟友会の方が建立されたみたいです。

P6222156
P6222156 posted by (C)fronte360

またぞろ国道ではなく田園風景の中を歩いて石舞台へと向かいました。

P6222157
P6222157 posted by (C)fronte360

posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月27日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:統国寺

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311993
P5311993 posted by (C)fronte360

堀越神社を出て南下、天王寺てんしばのちょっと手前
ラブホテル街へ右折します。

P5311994
P5311994 posted by (C)fronte360

この先が最終スポット、統国寺の大雄殿を訪ねます。 ここは初めて!

P5311995
P5311995 posted by (C)fronte360

統国寺
統国寺の由緒は、聖徳太子の創建になる名刹で、百済の僧観勒(かんろく・・・・602年に来日し、暦法・天文学・地理学・方術などを伝来し、飛鳥寺にも住し僧正に任ぜられている)が開山住持として招かれ、推古天皇の帰依により厚遇を賜った。寺伝(『邦福寺梵鐘銘文』)には帝が専修念仏して、西山に阿弥陀、観音、勢至の尊姿を感得したのにちなんで、別念仏寺とも称されたとある。
創始期は珍しい法相宗(唐の慈恩大師が識・・シキ・・以外のものは存在しないと説いた仏教の一宗。天興寺の道昭が入唐して三蔵法師からこの宗を伝えられ、持ち帰ったといわれる)を伝えていた。また『日本霊異記』には当寺に住していた百済の僧義覚と僧慧義は般若心経を念誦して不思議な霊験を得たと伝えている。
昭和44年には在日本朝鮮仏教徒協会の傘下に入り、「統国寺」と命名されて再興された。爾来脈々と法統を重ね、初代金星海、二代張泰成、三代徐泰植、当代崔無碍と継承されている。現在は朝鮮・韓国の仏教儀礼と伝統儀式を挙行しつつ、元曉大師の和合の精神の下、朝鮮・韓国・日本の差異を超えて仏教儀式・布教を幅広く行っている。また納骨堂に朝鮮人殉難者達の無縁仏、本堂に平和大念珠が奉安されており、諸精霊の供養を通して世界とアジアの平和を日々祈念している。
(統国寺ホームページ「由緒」より)

P5311996
P5311996 posted by (C)fronte360

大雄殿(本殿)は、質素な外観と異なり、創意に満ちた空間で構成された大阪市の有形文化財に指定されています。
(ハイキング・パンフレットより)

P5311997
P5311997 posted by (C)fronte360

ちょっと中を覗いてみました。

P5312002
P5312002 posted by (C)fronte360

朝鮮半島の南北統一を目指して頑張っておられるようです。

P5311998
P5311998 posted by (C)fronte360

それに関連して、ベルリンの壁も置いてありました。
こんなところに・・・ですね!

P5311999
P5311999 posted by (C)fronte360

ベルリンの壁
1998年9月、統国寺信徒さんより御喜捨いただきました。
このベルリンの壁は崩壊前の大きさそのままの実物です。
写真の正面が西独側です。
これと同じものが逆Lのかたちで東独側に建っていたそうです。
御喜捨いただいた方いわく「民族の統一を願って統国寺に置くのが一番いいですよ」
いつの日か、ドイツのように統一の日が来ることを心より祈念して…。
(統国寺ホームページ「ベルリンの壁」より)

P5312000
P5312000 posted by (C)fronte360

おしまい



posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月26日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:堀越神社

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311984
P5311984 posted by (C)fronte360

堀越神社にやってきました。 ここも度々来てますが、中に入ります。

P5311985
P5311985 posted by (C)fronte360

かえる石

P5311986
P5311986 posted by (C)fronte360

樹齢550年の御神木・楠の木、今日もお参りの人が絶えません。

P5311988
P5311988 posted by (C)fronte360

本殿、そして本殿脇には茶臼山稲荷神社

P5311989
P5311989 posted by (C)fronte360

茶臼山稲荷神社
堀越神社境内に鎮座します茶臼山稲荷社は、古来より商売繁盛・厄除招福の神として人々の信仰を集めています。
 その昔、天王寺 茶臼山の山頂に祀られておりました。
 大坂夏の陣の際に徳川家康が茶臼山稲荷に危機を救われたことから、家康の信仰が厚かったと言われています。大坂夏の陣の後、現在の処に祀られるようになりました。
 徳川時代、大阪城代が新たに任に就くと、茶臼山の家康陣所の跡に敬意を表するを例としましたが、その都度堀越神社に詣で幣帛(へいはく)を奉り、燈籠(とうろう)を献じ、盛んに礼典に尽くしたと伝えられています。
(堀越神社ホームページ「茶臼山稲荷神社」より)

P5311990
P5311990 posted by (C)fronte360

P5311991
P5311991 posted by (C)fronte360

P5311987
P5311987 posted by (C)fronte360

パワースポットらしい佇まいですね。
ここを出て次へと向かいます。

P5311992
P5311992 posted by (C)fronte360





posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月25日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:一心寺へ

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311972
P5311972 posted by (C)fronte360

四天王寺の中央伽藍はさくっと過ぎて次に向かいます。

P5311973
P5311973 posted by (C)fronte360

転法輪

P5311974
P5311974 posted by (C)fronte360

石鳥居を出て、逢坂を少し下ると、左手に一心寺

P5311975
P5311975 posted by (C)fronte360

ここも何度も訪れていますが、中に入ってみます。

P5311976
P5311976 posted by (C)fronte360

仁王門(山門)
彫刻家神戸峰男さんによる阿形像・吽形像がダイナミックですね。

P5311977
P5311977 posted by (C)fronte360

P5311978
P5311978 posted by (C)fronte360

開山堂の後方にはハルカスが顔をのぞかせてますね。

P5311979
P5311979 posted by (C)fronte360

ここに来ると、本多忠朝の墓を探します。

P5311980
P5311980 posted by (C)fronte360

P5311981
P5311981 posted by (C)fronte360

この寺には大坂夏の陣の天王寺・岡山の戦いで最前線に立ち討ち死にした本多忠朝の墓所があるが、彼は酒を飲んでいたため冬の陣で敗退し家康に叱責され、見返そうと夏の陣で奮戦したが討ち死にし、死の間際に「酒のために身をあやまる者を救おう」と遺言したといわれることから「酒封じの神」とされるようになった[1]。今でも墓所には禁酒を誓う人がよく詣でている。
(Wikipedia「一心寺」より)

P5311983
P5311983 posted by (C)fronte360

修復工事中の大本堂脇より久しぶり納骨堂へ回ってみました。
ここより墓地を通って境内を抜けて次に向かいました。


posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月24日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:四天王寺

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311959
P5311959 posted by (C)fronte360

何度も来ている四天王寺、久しぶりに四天王寺学園の北側の門より入ります。

P5311960
P5311960 posted by (C)fronte360

地蔵山
釈尊入滅より弥勒仏出現に至る無仏の世(56億7000万年前の間)に、神力・慈悲・智慧・弁才の力を以って人々を救済するといわれる私達に最も近い存在である地蔵菩薩をお祀りする。
当堂は明治時代に近郷及び境内諸方より集めた有縁無縁の地蔵尊を、中之門を入った南側の小丘に合祀したのが始まりである。本尊「立江地蔵尊」は古来眼病に霊験ありとあつく信仰されている。
(四天王寺ホームページ「境内ご案内」より)

P5311961
P5311961 posted by (C)fronte360

無縁仏さんの上に「安政地震津波碑」があります。

P5311963
P5311963 posted by (C)fronte360

P5311964
P5311964 posted by (C)fronte360

P5311962
P5311962 posted by (C)fronte360

安政地震津波碑
安政元(1854)年十一月四日・五日の両日に相次いで発生した安政東海地震と同南海地震による犠牲者を供養し、津波被害の状況を後世に伝えて警告するため、町人一同によってその翌年秋、四天王寺に石碑が建立された。
現在、この石碑は無縁墓の最上段に置かれているが、もとは元三大師堂の前の池端に独立して建てられていた。 大阪を襲った大災害の記録として重要な意味を持っている。
(現地案内板より)

P5311965
P5311965 posted by (C)fronte360

元三大師堂に入ってみました。 ここに来るのは初めてですね。

P5311966
P5311966 posted by (C)fronte360

茅の野輪がありますね、1日早めかな。

P5311968
P5311968 posted by (C)fronte360

元三大師堂
元三大師をお祀りすることからこの名が付けられたお堂で、元和4年(1618年)の建立です。元三慈恵大師良源は第18代天台座主であり、叡山中興の祖といわれています。また、おみくじの創始者でもあります。
現在は、元三大師、弘法大師、文殊菩薩、普賢菩薩、如意輪観世音菩薩、不動明王を安置しています。毎月3日の例月祭の他、1月3日には新春合格祈願護摩供が厳修されます。
(四天王寺ホームページ「境内ご案内」より)

P5311969
P5311969 posted by (C)fronte360

元三大師堂を出て中央伽藍の方へ四天王寺学園の脇を歩いていると、
ピアノ伴奏で女学生のコーラスが聞こえてきました。
小津安二郎の映画のシーンのようでした。

P5311970
P5311970 posted by (C)fronte360



posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月21日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:愛染堂勝鬘院へ

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311944
P5311944 posted by (C)fronte360

金台寺より松屋町筋を南下し萬福寺の前に「新選組大阪旅宿跡」の碑

P5311945
P5311945 posted by (C)fronte360

P5311946
P5311946 posted by (C)fronte360

 新撰組は幕末期、近藤 勇に統括された、京都を本拠とする浪士集団です。
 幕末の京都は、江戸にかわって久しぶりに日本の政治の中心地となっていました。
 それは、京都にあった一橋慶喜(禁裏御守衛総徳県摂海坊察指揮、のち15代将軍)松平容保(会津候、京都守護職)・松平定敬(桑名候、京都所司代)が、孝明天皇に強く支持されて権力を握ったからです。これを「一・会・桑 権力」と呼びます。
 その松平容敬に新撰組は所属し、「一・会・桑」の政敵、長州毛利家の志士たちと戦いました。元治元年(1864)、池田屋事件・禁門の変などで大きな軍功をたてたことはよく知られるところです。新撰組は「一・会・桑」を助けた最強軍事集団といえます。
 近藤勇らは、京都に本拠地をおくとはいえ、もともと畿内に滞在する将軍徳川家茂の護衛と、大坂を含む長い海岸線(摂海)の防衛に携わるために江戸より西上してきた者なので当初より将軍の大坂城滞在のときなどは、たびたび大坂に出張していました。
 その際に使用された旅宿のひとつが、ここ萬福寺です。
 たとえば幹部島田 魁の手記によれば、慶応元年(1865)5月、将軍家茂の3度目の西上にあわせて、新選組は大坂市中取締を命じられています。
 その時期の大坂奉行所の発した文書によれば、「壬生組」が萬福寺を宿所にしています。
 すでに同年3月、新選組の本拠地は、当初の葛野郡壬生村から西本願寺境内へ打合せ打合せ移っていましたが、この「壬生組」こそが新撰組のことと思われます。
 実際、同年7月1日付、幹部井上源三郎から兄井上松五郎に宛てられた書簡によれば、前月中に松五郎が萬福寺に源三郎を訪ねています。たまたまそのとき、源三郎は京都に戻っていて会えませんでしたが、この書簡からも大坂滞在中の新撰組の旅宿のひとつが萬福寺だったことがわかります。萬福寺の現在の建物のうち、庫裏や山門などは幕末期には存在しており往時をしのぶことができます。
 以上のことから、当所を大阪市内における新撰組史蹟のひとつとしてここに建碑し、顕彰したします。  
                      2010年6月
                      歴史地理史学者 中村武生

P5311947
P5311947 posted by (C)fronte360

P5311948
P5311948 posted by (C)fronte360

松屋町筋を更に南下して愛染坂へ向かいます。 

P5311949
P5311949 posted by (C)fronte360

愛染坂を登ります。

P5311950
P5311950 posted by (C)fronte360

愛染堂勝鬘院に到着、さっそく中に入ります。

P5311954
P5311954 posted by (C)fronte360

多宝塔は、ようやく修復工事に入ったようですね。

P5311955
P5311955 posted by (C)fronte360

愛染堂勝鬘院(あいぜんどうしょうまんいん)
日本最初の社会福祉施設、施薬院(せやくいん)として建立されました。その施薬院で聖徳太子が勝鬘経(お経)を講義したことから勝鬘院と呼ばれます。境内には、豊臣秀吉が再建した多宝塔(国の重要文化財)や徳川秀忠が再建した金堂(府指定文化財)があり、金堂には本尊として良縁成就や夫婦和合で有名な愛染明王が奉安され、愛染堂としても親しまれています。また、小説「愛染かつら」のモデルになった縁結びの霊木「愛染かつら」が境内にあることでも有名です。
(ハイキング・パンフレットより)

P5311956
P5311956 posted by (C)fronte360

P5311957
P5311957 posted by (C)fronte360

P5311958
P5311958 posted by (C)fronte360

posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月20日

大阪散歩20190531_新発見!!こんなところに有形文化財:金台寺へ

5/31(金)、予定していた仕事が無くなったので会社を臨時休業として参加した
「鶴橋駅長お薦めフリーハイキング・新発見!!こんなところに有形文化財」
今年21回目となるハイキング参加記録です。

P5311924
P5311924 posted by (C)fronte360

谷町九丁目の交差点、左に上六のシェラトン都ホテルを見ながら南下

P5311927
P5311927 posted by (C)fronte360

生國魂神社(いくたまさん)にやってきました。

P5311928
P5311928 posted by (C)fronte360

今日はここには入らず、鳥居前を左に折れ、南下しますが・・・

P5311929
P5311929 posted by (C)fronte360

公園の角に石碑があるのを発見!

P5311930
P5311930 posted by (C)fronte360

左が「川崎孫四郎自刃の所」碑、右が「島 男也(しま おのや)旧居」碑

水戸藩士 川崎孫四郎
蔓延元年三月三日の水戸浪士による大老井伊直弼を天誅の桜田門外の変後、大阪挙兵を図り幕吏に追われ二十三日この地で自刃す
笠間藩士 島男也
大阪挙兵の謀議のため爆りに捕われ江戸伝馬町獄にて死没

P5311931
P5311931 posted by (C)fronte360

詳細はここが詳しいです ⇒ http://www12.plala.or.jp/HOUJI/shiseki/newpage407.htm

P5311932
P5311932 posted by (C)fronte360

花やさんの前を通って右折すると、源聖寺坂

P5311933
P5311933 posted by (C)fronte360

P5311935
P5311935 posted by (C)fronte360

P5311937
P5311937 posted by (C)fronte360

坂を下りきった左角にあるのが、金台寺(こんだいじ)

P5311941
P5311941 posted by (C)fronte360

P5311942
P5311942 posted by (C)fronte360

中に入れないので、門より失礼して境内を撮影

P5311939
P5311939 posted by (C)fronte360

P5311940
P5311940 posted by (C)fronte360

P5311943
P5311943 posted by (C)fronte360

金台寺(こんだいじ)
1656年(明暦2年)創建といわれる浄土宗の寺院で、浄土宗寺院の本堂としては大阪市内では最古といわれ、本堂の天井には火事除けの水を司る龍の彫刻が彫られており、現在まで度重なる戦火や大火を逃れ被害を受けずに当時のままの姿を残しています。伽藍の建築群や平安〜鎌倉時代の多数の仏像は大阪市の有形文化財に指定されています。
(ハイキングのパンフレットより)

posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 19-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする