2017年02月09日

大阪散歩20170102_大阪城

2月になってしまいましたが、ネタ切れなのでお正月へと戻ります。

今年のお正月休みは6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
元日は早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
その時にご近所を散歩した話題は掲載しました。
2日は枚岡神社への初詣のあと実家に立ち寄ってから大阪城へ

P1025605
P1025605 posted by (C)fronte360

緑が多くなりました。 もっと殺風景な感じでしたよね。
こんなのもあったのかな??? 記憶にありません。

P1025610
P1025610 posted by (C)fronte360

蓮如上人の袈裟がけの松

P1025609
P1025609 posted by (C)fronte360

「南無阿弥陀仏」と書かれた石柱など大阪城になる前
石山本願寺時代を思いこさせるものです。

P1025607
P1025607 posted by (C)fronte360

織田信長と11年間に渡った争いいわゆる石山合戦、
朝廷を巻き込んだ調停によって本願門徒は大阪城を退去して京都に移ったのでした。

P1025613
P1025613 posted by (C)fronte360

さてこの「南無阿弥陀仏」の石柱を右に見て坂道をくだりますと・・・

P1025612
P1025612 posted by (C)fronte360


そこには梅林があるのですね。 ここに行ってきました。

P1025614
P1025614 posted by (C)fronte360


posted by fronte360 at 04:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月08日

大阪散歩20170102_大阪城へ

2月になってしまいましたが、ネタ切れなのでお正月へと戻ります。

今年のお正月休みは6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
元日は早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
その時にご近所を散歩した話題は掲載しました。
2日は枚岡神社への初詣のあと実家に立ち寄ってから大阪城へ向かいましたが・・・

P1025590
P1025590 posted by (C)fronte360

まずは前日に長蛇の列で断念した玉造稲荷神社への初詣、
まだ行列がありますがこれなら許容範囲。

P1025596
P1025596 posted by (C)fronte360

伊勢参り「お伊勢さん」への起点となっているのですね。
ここよりまっすぐ東向かって生駒山の暗峠を目指して歩いてゆきます。

P1025597
P1025597 posted by (C)fronte360

当方はここより北に向かって歩き、玉造口より大阪城に入りました。

P1025600
P1025600 posted by (C)fronte360

中学生の頃、この石垣を右手に見ながら学校まで片道2Km歩いてました。
石垣も綺麗になりました。 当時、水はほとんど無く石垣の一部が崩れてました。

P1025598
P1025598 posted by (C)fronte360

大阪城も改修前でこんなにピカピカしてなかったものね。
そして玉造口の脇、堀とは逆の石垣の下には警察の拳銃発射訓練場がありました。
ボロの板塀で囲まれたところで、鉛で出来た実弾を拾ったものです。
今では考えられないことですけれど・・・

P1025601
P1025601 posted by (C)fronte360

とにかく中に入りました。
あいかわらず外国人が多いですねぇ。。。 これも中学生の頃と大違い。

P1025602
P1025602 posted by (C)fronte360



posted by fronte360 at 04:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月07日

大阪散歩20170102_枚岡神社(その2)

2月になってしまいましたが、ネタ切れなのでお正月へと戻ります。

今年のお正月休みは6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
元日は早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
その時にご近所を散歩した話題は掲載しました。
2日は枚岡神社で新しい御守りの授与してもらいました。

P1025577
P1025577 posted by (C)fronte360

枚岡神社は神武東征の折り、国土平定を祈願するために祀られた
天児屋根命(あめのこやねのみこと)・比売御神(ひめみかみ)が創祀とされ
初代天皇の神武天皇が大和の地で即位される3年前と伝えられています。
下の写真では手前から2番目に天児屋根命、一番手前に比売御神が祀られてます。

P1025578
P1025578 posted by (C)fronte360

神護景雲(じんごけいうん)2年(768年)に、天児屋根命・比売御神の二神が
春日神社に祀られたことより「元春日(もとかすが)」とも呼ばれています。
宝亀(ほうき)9年(778年)今度は春日神社より、武甕槌命(たけみかづちのみこと)と
経津主命(ふつぬしのみこと)二神を迎えしたので四殿となっています。
上の写真では一番奥に武甕槌命、手前から3つ目に経津主命が祀られてます。

P1025579
P1025579 posted by (C)fronte360

巽参道、本殿前斎庭と梅林を結ぶ参道です。
この参道より山側は「宝基の森」と古くより称えられ、神さまのいらっしゃる所。
梅林へと進みました。

P1025583
P1025583 posted by (C)fronte360

まだ1月2日なので花はないかな、と思っていたら・・・
僅かに咲き始めた木もありましたが、安物カメラではピント合わずに残念。

P1025580
P1025580 posted by (C)fronte360

P1025582
P1025582 posted by (C)fronte360

近鉄枚岡駅のホームに戻り、ホームより「元春日平岡大社」の石柱を見て
お守り持って実家へと向かいました。

P1025589
P1025589 posted by (C)fronte360



posted by fronte360 at 04:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月06日

大阪散歩20170102_枚岡神社の初詣

2月になってしまいましたが、ネタ切れなのでお正月へと戻ります。

今年のお正月休みは6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
元日は早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
その時にご近所を散歩した話題は掲載しました。
2日は枚岡神社へ初詣へと赴きました。

P1025568
P1025568 posted by (C)fronte360

露店も出て、人出も多く賑わってました。
古い御守りを返して、新しい御守りを授与してもらうために行列に並びました。

P1025570
P1025570 posted by (C)fronte360

所謂、入場規制というのをやっていて、少しづつ順番でないと登れません。
並んでいる間に、なで鹿さんの写真撮影。

P1025571
P1025571 posted by (C)fronte360

P1025572
P1025572 posted by (C)fronte360

お正月だからか、いつもより清々しく写っているみたい。

P1025573
P1025573 posted by (C)fronte360

順番が来て無事お参りを済まることができました。

P1025576
P1025576 posted by (C)fronte360

新しい「健康御守」の授与を受けて、晴れて今年も始まった気分。
今年は干支がぐるっとまわって3回目の成人式を迎えるのですね。



posted by fronte360 at 04:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月27日

大阪散歩20170101_陸軍墓地

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

玉造稲荷神社より長堀通りを越えて三光神社の列を眺めてから、
三光神社裏手に回ります。 日本最古の陸軍墓地。

P1015553
P1015553 posted by (C)fronte360

お正月の暖かな日差しが整然と並んだ墓標に差し込まれています。
静謐な時間がここでとどまっているよですね。

P1015555
P1015555 posted by (C)fronte360

小学生の頃は、ここは怖い場所というイメージだったのですけど、
齢を重ねた東京での単身赴任時代、近所に谷中霊園や染井霊園などあったので
いつしか墓マイラーみたいになって、墓地のイメージが変わりました。

P1015556
P1015556 posted by (C)fronte360

お墓は幽霊の出る怖い場所ではなく、人の生きざまが垣間見える場所です。

P1015557
P1015557 posted by (C)fronte360

15077uに及ぶ広大な敷地に5300基余りの墓石が並んでいますが、
これらのほとんどは日露戦争以前のもので、捕虜、軍役夫、兵卒、下士官の墓石。
安物の和泉砂岩製なので風化が激しく崩れたものもあります。

P1015558
P1015558 posted by (C)fronte360

P1015559
P1015559 posted by (C)fronte360

日中戦争がはじまると多数の死者が出て、個別のお墓では対応できなくなり、
昭和18年に建設された仮忠霊堂には4万3千柱もの遺骨が納骨されているそうです。

P1015560
P1015560 posted by (C)fronte360

平和を祈念したお正月でありました。

P1015563
P1015563 posted by (C)fronte360


 
posted by fronte360 at 04:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

大阪散歩20170101_三光神社へ

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

玉造稲荷神社はお参りの人で長蛇の列に驚いて、ではここはどうかな?
と、長堀通りを越えてやってきたのが三光神社。

P1015548
P1015548 posted by (C)fronte360

北側の参道はのんびりとしていますね。

P1015549
P1015549 posted by (C)fronte360

ここより境内に入って東側の正面の参道には人が連なってますよ。

P1015552
P1015552 posted by (C)fronte360

真田丸があったとされる場所で、抜け穴があったりしますが、
この神社と真田幸村との関係はないと思うのでけれど・・・

P1015551
P1015551 posted by (C)fronte360

子ども頃にはこんな銅像もありませんでしたしね。

P1015550
P1015550 posted by (C)fronte360




posted by fronte360 at 04:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

大阪散歩20170101_玉造稲荷神社の境内(その2)

いつもながらの高知の話題が続いたので、お正月に戻って大阪散歩。

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

氏子である玉造稲荷神社はお参りの人で長蛇の列、
東側の参道より境内に入りました。 秀頼公の後ろには難波・玉造資料館

P1015536
P1015536 posted by (C)fronte360

神社の創祀2000年祭の記念事業として昭和61年(1986年)秋に開館。
「玉造」という地名は、勾玉を作っていた玉作部の住居地であったから。
この資料館、拝観する場合は1週間前迄に連絡しないといけなくて・・・
まだ一度も中に入ったことがないんですね。

P1015545
P1015545 posted by (C)fronte360

「上方漫才の父」とも言われる漫才作家の秋田實は玉造生まれです。
かつては境内に舞台があり、安政4年(1857年)に幕府から公許を得て、
大坂で演芸が出来る9社の一つだったそうですね。
明治13年(1880年)に再建され「奉納演芸」を行っていたことより、
玉造には芸人も住んでいて、幼少の秋田實はそんな環境の中で育ったようです。

P1015546
P1015546 posted by (C)fronte360

笑いを大切に。 怒ってよくなるものは 猫の背中の曲線だけ

P1015544
P1015544 posted by (C)fronte360

そろそろ次へと行きましょうか。 また東側の参道より出ます。

P1015526
P1015526 posted by (C)fronte360

子ども頃には小屋が建っていたんですけどね、更地にして畑にして
「玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)」を作っています。
大坂城の玉造門が黒塗りの門であった事から、この門を別名黒門と呼んでいて、
江戸時代この黒門付近で作られていた瓜なんだそうです。




posted by fronte360 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

大阪散歩20170101_玉造稲荷神社の境内

いつもながらの高知の話題が続いたので、お正月に戻って大阪散歩。

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

氏子である玉造稲荷神社はお参りの人で長蛇の列、
東側の参道より境内に入りました。 境内末社が並んでおります。

P1015529
P1015529 posted by (C)fronte360

左より、厳島神社。
ここのお社は池の中にあって、弟が小学生の頃に落ちたこともありました。
そのころ裏手にある玉造小学校とのコンクリートの壁に大きな穴が開いていて、
小学校よりイケイケになっていたんですよね。
中央が万慶稲荷神社と新山稲荷神社の共同のお社、右側に豊臣秀頼公胞衣塚大明神。
小学生の頃にはあったのかな? あまり記憶にないんですけどね。

P1015535
P1015535 posted by (C)fronte360

豊臣秀頼公と母・淀殿を結ぶ卵膜・胎盤などの胞衣(えな/よな)が鎮まる。
玉造の地を数々遷座したが、地元の政・財・文化界有志により、大坂城鎮守神である当神社へ鎮座された。
縁≠ノは家族の縁、親子の縁、男女の縁、主従の縁、仕事の縁など様々存在する。縁のひも≠ヘ豊臣秀頼公に仕えた武将・真田幸村ゆかりの真田紐≠ナ作られ、その願いを記し、縁のひも掛け≠ノ結び祈願する。
また、「子の悩み」や「夜泣き」にも霊験あらたかとされる。

(玉造稲荷神社ホームページより)

P1015538
P1015538 posted by (C)fronte360

境内には秀頼公の彫刻も増えてますね。

P1015539
P1015539 posted by (C)fronte360

そしてこちらは子ども頃よりお馴染みの秀頼公が奉納した石の鳥居ですが・・・

P1015532
P1015532 posted by (C)fronte360

阪神大震災で基部に被害が出たことより参道よりこちらに上部のみ引越し。

P1015540
P1015540 posted by (C)fronte360

大坂夏の陣や第二次世界大戦の空襲被害も乗り越えたのですけれど、
自然災害には勝てなかった・・・ということですね。


posted by fronte360 at 04:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

大阪散歩20170101_玉造稲荷神社へ

いつもながらの高知の話題が続いたので、お正月に戻って大阪散歩。

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

氏子である玉造稲荷神社へと向かいました。
その手前、道路の真ん中にある白光神社のお社が新しくなってますね。

P1015523
P1015523 posted by (C)fronte360

長男が保育園に通っていた頃、子ども連れでの実家詣の帰り
アトピーが治りますように・・・などと何度もお参りしたところです。

P1015524
P1015524 posted by (C)fronte360

ここを過ぎると、すぐに稲荷神社なんですが・・・すっごい人ですねぇ。
真田丸ブームもあるのでしょうね、自分が子ども頃なんて閑散としてまし、
我が子が小さかった頃はせいぜい10mほどの行列でしたけどね。

P1015525
P1015525 posted by (C)fronte360

歩道に行列がはみ出してL字型に折れ曲がってまだ長蛇の列とは・・・
こりゃかなわん、と東側の参道より中に入りました。

P1015527
P1015527 posted by (C)fronte360

社殿横よりとりあえずの新年のご挨拶。
後日また来ますね、と・・・実際翌2日にお参りしておきました。

P1015528
P1015528 posted by (C)fronte360


 
posted by fronte360 at 04:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする