2012年07月03日

土佐稲荷神社

鰹座橋から長堀通の南側にそって海側、土佐藩大坂藩邸・蔵屋敷へと進むと、
ちょっと入ったところにありました。 この木立のあるところ。
土佐稲荷神社。 今回の訪問先はここですね。

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P6300767 posted by (C)fronte360

土佐藩がこの地に蔵屋敷を置いたのは長堀川の完工とほぼ同時期(元和8年)、
他藩と異なって米穀だけでなく材木・鰹節・和紙・砂糖などの特産物があり、
これらを大坂に運んで売りさばくのに海には近いこの地が良かったのでしょう。

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P6300764 posted by (C)fronte360

藩主山内豊隆が社殿を造営して蔵屋敷の鎮守社とし一般の参拝を許して以来、
参勤交代で大坂を通る際に必ず藩主が参拝、社殿修繕も藩費だったそうです。
第8代藩主 山内豊敷(とよのぶ)寄進の石灯籠一対が今も残っています。

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P6300740 posted by (C)fronte360

三つ柏(土佐柏)が山内家の家紋
灯篭の刻印は、従四位下藤原豊敷と書いてあるようです。

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P6300741 posted by (C)fronte360

山内家は藤原末流でしたね。

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P6300743 posted by (C)fronte360

春は桜、とくに夜桜が綺麗なのは江戸時代より有名だったようですけれど、
戦災で社殿とともに消失、戦後に植えかえられたものだそうです。

なお石灯籠をよく見ると煤けているのは戦災で焦げた跡なんだそうで、
春には土佐鶴・司牡丹を手にまた訪れてみたい所です。

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2012年07月02日

鰹座橋

大阪の長堀通り、心斎橋より西に向かって地下鉄・鶴見緑地線で2駅
西長堀駅を出ると、そこが鰹座橋。

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P6300738 posted by (C)fronte360

これは新なにわ筋を北に向いて、阪神高速西長堀入口を撮ったもの。
現在でも交通の要所になっているようですが・・・
かつてここは江戸時代に開削された長堀川のあったところですね。
西(海)の方向を向いて撮るとこんな感じ、運河が真っ直ぐに通ってました。

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P6300737 posted by (C)fronte360

ここは、土佐より材木や鰹節が大量に運び込まれて、
鰹節を扱う問屋が多かったので、鰹座橋といわれるようになったそうです。

この鰹座橋から、西にある玉造橋まで、
長堀を南北にはさんで、土佐藩の大坂藩邸があったところです。

なんでここに来たのかは、また後日。

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2012年06月22日

瓢箪山稲荷神社(その3)

瓢箪山稲荷神社の本殿の真裏に「戸川神社」がありました。

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P6170619 posted by (C)fronte360

調べてみると祭神は、保食大神(うけもちのおおかみ)
面白そうな名前を持った神様なので wiki で知らべてみました → ココ

「神話での記述」を要約すると、以下のような感じ

天照大神が月夜見尊に、葦原中国にいる保食神という神を見てくるよう命じた。
保食神は、月夜見尊に、陸を向いて口から米飯を吐き出し、海を向いて口から
魚を吐き出し、山を向いて口から獣を吐き出し、それらでもてなした。
月夜見尊は「吐き出したものを食べさせるとは汚らわしい」と保食神を斬って
しまい、それを聞いた天照大神は怒って、月夜見尊とは会いたくないと言った。
それで太陽と月は昼と夜とに別れて出るようになった。

天照大神が、天熊人(アメノクマヒト)を保食神の所に遣すと、死んでいた。
保食神の屍体の頭から牛馬、額から粟、眉から蚕、目から稗、腹から稲、
陰部から麦・大豆・小豆が生まれた。
天熊人がこれらを全て持ち帰ると、天照大神は喜び、民が生きてゆくために
必要な食物としてこれらを田畑の種とした。


ほとんど丸写しですけどね、日本書紀に載っているそうです。

ここの賽銭箱、よく見てみると、かわいい意匠ですよ。

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P6170622 posted by (C)fronte360

そして、かわいいキツネさんも沢山いらっしゃいました。

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P6170624 posted by (C)fronte360

光量が足りないので、ちょいとピントが甘いのは許してください。

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P6170623 posted by (C)fronte360

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2012年06月21日

瓢箪山稲荷神社(その2)

瓢箪山稲荷神社の社殿に向かって左側の奥、
小高い丘になっているのが瓢箪山古墳と呼ばれるものですね。

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この石段の左脇に祠と瓢箪山古墳の案内板がありました。

瓢箪山古墳(山畑五二号墳)
鬼塚と大塚からなる双円墳で瓢箪の形に似ているところから瓢箪山と称する所以である。これより東、山手側に展開する山畑古墳群(約六0余基)の西端に存し、最古最大の古墳である。墳丘の南北の主軸の長さは五0米、高さ四米で本殿に向って右側を鬼塚、左側を大塚という。大塚の横穴式石室の玄室は巾ニ米・長さ約三米蒼ケは巾四米・長さ五米で後期古墳時代、前期(六世紀初め)の古墳である。この大塚は狐塚と呼ばれるように以前に神狐が住まわれていた。鬼塚南端には蒼ケ入口の天井石が露出している。
寄贈 東大阪ライオンズクラブ


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P6170614 posted by (C)fronte360

その大塚には円筒形の石柱が立ってますが、これは「飛狐」
ちょいと分かり難いですが、円柱の上に、狐が飛翔している姿があります。
案内板には以下のように書かれてました。

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P6170616 posted by (C)fronte360

飛狐の由来
瑞穂恩露潤創生 太占遺風破雲霧
石柱頂上に御神使の飛狐が御神意を奉じて飛ぶ姿を現わす。
碑文は瓢箪山稲荷大神の五穀豊穣の御神徳を崇め社伝の辻占を称える。
明治四十二年創建
昭和三十二年再建


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P6170617 posted by (C)fronte360

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2012年06月20日

瓢箪山稲荷神社

日本三稲荷の一つと書かれている「瓢箪山稲荷神社」

ちなみに三大稲荷って、伏見稲荷・豊川稲荷に続くのでしょうかね・・・
諸説ありそうですが、ともあれここは「辻占総本社」だそうです。

ジンジャーモールを出てすぐに鳥居があるので分かります。

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P6170593 posted by (C)fronte360

この道の奥に赤い鳥居が映ってますね。 そこです。

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P6170633 posted by (C)fronte360

この鳥居を抜けた右側、手を清めるところにもキツネさんがいます。

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P6170596 posted by (C)fronte360

社殿は一段と高いところにありますが、
この裏手は「瓢箪山古墳」と呼ばれる「双円墳」だそうで、
その名のとおり「ひょうたん」に似ていることが地名の由来だそうです。

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P6170602 posted by (C)fronte360

社殿の脇に辻占の案内板と、辻占で使うおみくじが置いてました。
このおみくじは、1・2・3 の数字が出てくるのだそうです。

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P6170609 posted by (C)fronte360

1.神前に願い事をよく祈る。
2.おみくじをひく。番号がある。
3.東参道入り口の占場で気を鎮めて占場石を中心に正面を向く。
 通行人の姿、年齢、持ち物、言葉、葉来物、連れの有無等を詳しく観察する。
 おみくじの番号1番 最初の人(連れ)
 おみくじの番号2番 二人目の人(連れ)
 おみくじの番号3番 三人目の人(連れ)
 左右どちらから来てもいい。
4.社務所に戻りことの次第を申し出る。

これをもとに宮司さんが占うのだとのこと(3,000円からだそうです)

なお個人的には、社殿脇の銅灯篭がとても立派であったことと

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P6170611 posted by (C)fronte360

やはり銅のキツネさんがシュールなのに興味は移ってました。
しっぽに玉が載ってますねぇ

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P6170612 posted by (C)fronte360

キツネ・ワールドはまた次回ということで

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2012年06月19日

ひょうたんやま・ジンジャーモール

日曜日、伊丹まで演奏会に行く時間を早め、近鉄奈良線「瓢箪山駅」で下車。
「ひょうたんやま」大阪ではよく聞く地名で、通勤でも連日通っていますけど、
ここで下車するは初めてです。 たぶん。

まず目につくのは、奈良方面のホームの「楠木正行公墓 往生院」の石碑。

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P6170585 posted by (C)fronte360

楠木正成(まさしげ)の長男・正行(まさつら)、四条畷の戦いで自刃して、
この駅の南にある往生院六萬寺にお墓があるそうですが・・・
今回そこまで行く時間的な余裕はありません。

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P6170637 posted by (C)fronte360

下車してみると、さすが「瓢箪山」あちらこちらに瓢箪がありますねぇ。

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P6170639 posted by (C)fronte360

車止めも瓢箪だったりします。

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P6170640 posted by (C)fronte360

さて、瓢箪山駅の南北にはそれぞれ商店街がありますけれども、
今回は南側のジンジャーモールに入ります。

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P6170587 posted by (C)fronte360

「自転車の乗っての通行はやめてください」の看板があっても
自転車が堂々と通ってゆく河内の下町らしい賑やかな商店街ですね。

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P6170589 posted by (C)fronte360

アーケードの天井には瓢箪の形をした龍かしら・・・
「ひょこタン」というのはキツネのマスコットの名前でしょうね。

そもそもジンジャーモール、この商店街を抜けた東側の「瓢箪山稲荷神社」
これに由来するのですね。

それはまた次回・・・

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2012年06月15日

難波神社(なんばじんじゃ)

坐摩神社を出て、御堂筋を少し南にゆくと難波神社(なんばじんじゃ)

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P6090555 posted by (C)fronte360

ここの境内には、花菖蒲(ハナショウブ)がたくさん綺麗に咲いてました。
後で分かったのですが、前日8日が「菖蒲(しょうぶ)神事」だったそうです。

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P6090558 posted by (C)fronte360

神社の御神紋が花菖蒲であることより、
境内で育った花菖蒲を御神前に御供えする神事なのだそうです。
菖蒲を刈り取る所作のある神楽「菖蒲刈り」が二人の巫女が舞うのだとか。

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P6090556 posted by (C)fronte360

境内には、大きなクスノキもあって、市内中心部最古の楠だそうです。
戦災で火傷を負いながらも逞しく生き残っていることより、
この木に触れると力が頂けるとのこと。

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P6090561 posted by (C)fronte360

なお、難波神社の主祭神は仁徳天皇、配祀は素盞嗚尊(すさのおのみこと)。
反正天皇(はんぜいてんのう)が父・仁徳天皇を祭神として創建されたとか、
在任期間 406〜410年の頃でしょうか。

古事記・日本書紀の世界ですね、あまりピンときませんが・・・

なお今年は古事記編纂1300年、8年後に日本書紀が編纂1300年を迎えるため、
平成32年までの9年間は「記紀編纂1300年」プロジェクトが催されてます。

奈良でも「なら記紀・万葉プロジェクト」を地味にやってますよ。
これを機会に幕末から離れ、ちょいと興味を持って勉強しましょうかね。

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2012年06月14日

黒瀧稲荷大明神

陶器神社のお隣にお稲荷さんがありました。
扁額には「稲荷神社」とのみ、提灯には「黒瀧稲荷大明神」とありました。

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P6090539 posted by (C)fronte360

由緒を調べてみてもよく分かりませんけれども
炎の中に玉 でしょうか、こちらも火防にご利益あるんでしょうかね??

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P6090540 posted by (C)fronte360

なかなかイカした意匠です。

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P6090541 posted by (C)fronte360

今日はここで時間切れ・・・
なかなか落ち着きませんねぇ。

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2012年06月13日

火防陶器神社(ひぶせとうきじんじゃ)

坐摩神社境内、「上方落語発祥の地」のさらに奥へと進むと・・・
火防陶器神社(ひぶせとうきじんじゃ)がありました。

陶器神社というだけあって、有田焼の立派な灯篭が脇を固めていて、

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由緒も陶器の皿に書かれたものが掲げられていました。

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P6090535 posted by (C)fronte360

「火防」というのは、火災の危険の多い藁を荷造材料に使う陶器商人たちが、
横堀せともの町に火防の神として崇敬厚い愛宕山将軍地蔵が祀られており、
これを守護神とする地蔵祭を催していたそうです。
これが明治5年、廃仏毀釈の影響でしょうか、地蔵祭が禁止されたことより、
水、土、火の神を勧請した火防陶器神社が創起されたとのことです。
神様・仏様・・・藁をもすがる日本人らしくていいですね。

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P6090543 posted by (C)fronte360

ここの周りにも紫陽花が綺麗に咲いていますよ。
なおこの灯篭は、信楽焼で皇太子殿下御成婚奉祝記念なんだそうです。

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P6090533 posted by (C)fronte360

こちらは何焼きの灯篭でしょうかねぇ・・・
良く分かりませんが、大ぶりなピンクの紫陽花がとても綺麗でした。

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あとで気付きましたけど、坐摩神社の狛犬さんも陶器なんですね。

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P6090547 posted by (C)fronte360

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そして坐摩神社の塀の瓦、これも陶器ですよね。
なお、鶴に丸の日本航空マークではなく、鷺(サギ)だそうです。

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P6090553 posted by (C)fronte360

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2012年06月12日

上方落語発祥の地

坐摩神社境内、紫陽花の通路で社殿脇に進むと「上方落語発祥の地」の石碑。

江戸時代後期、同神社境内で初めて常打ち小屋にて噺(はなし)を演じ、
屋外で行われていた辻噺を現在の落語へ発展させた
上方落語中興の祖・初代桂文治の業績を顕彰したものだそうです。

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P6090531 posted by (C)fronte360

同様の石碑は、生國魂神社の境内にもありましたね。
「上方落語発祥の地・米澤彦八の碑」
生國魂神社で、米澤彦八が芝居物真似、軽口咄をしたのが落語の発祥とされ、
1991年より開催されている「彦八まつり」に繋がるのですが、

坐摩神社では、常設の小屋があったのですか。
今年は天満天神繁昌亭にも行ったので、落語づいている年かもしれません。

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