2012年10月06日

式内鴨高田神社

9月29日(土)、週末に台風接近との報が流れていましたので、
晴れ間がまだ見えているうちにと、 近鉄奈良線・河内永和駅に降り立ちました。
目的地は、駅の北方に鎮座している式内鴨高田神社

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「式内」とは延長5年(927年)に編纂された「延喜式神名帳」に記載されている、
つまり当時より存在している古い神社ですよ、ってこと。
全国で2861社が記載されているそうです。

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創建は白鳳2年(673年)、鴨(賀茂)氏の一族が祖神を祀ったに始まるそうで、
祭神に速須佐之男命及び大鴨積命(素盞鳴命の十一世孫で、鴨氏の開祖)。
中世に岩清水八幡宮領となり、神功皇后・応神天皇を合祀、八幡宮と称した、
との記載がありました。

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この近辺、こちらに戻ってからの散歩を始めて知ったのですが、
先の大戦での空襲による被害ではなく、元和元年(1615年)の大坂夏の陣
この兵火で社殿等が焼失している例が多く、この神社も例外ではありません。

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大坂夏の陣ののち数年を経て再建とあるので、地元の信仰の厚さが伺えます。
なお現在の社殿・拝殿は、明治14年(1907年)の再建によるものとのこと。
昭和38年に花火の失火で本殿・檜皮葺屋根が半焼、銅板による葺き替え修理、
また阪神淡路大震災での被害より、耐火・耐震補強も行われたそうです。

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拝殿の前の狛犬は新しいものでパスしましたけれど、
入ることが出来ない本殿前の狛犬、これがなかなかの迫力、力作です。

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さて、お参りを済ませて、境内を散策。
女性の方がお一人で掃除をされており、掃き清められた境内が気持ち良く、
陳腐な表現になってしまいますが、心も洗われるようです。

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本殿は、樹木と玉垣に囲まれ、荘厳な雰囲気を醸し出しています。
先日伺った神社の工事用フェンスはいただけませんでした。

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境内にある末社の鴨戎社。

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単なる石造かと思いきや、これがご祭神、裸のままむき出しで祀られています。
戎さんの傍らの鯛も、そう言われて見ると、なかなかの迫力。
ご利益ありそうな感じ。

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拝殿西側の樹齢約1000年といわれる樟(クスノキ)、
雷が落ちたのでしょうか、焼けた跡があって幹が残る程度になっていますが・・・

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通称「お駒樟」と呼ばれ、その昔、お駒狐が棲んでいたとか、
お駒という女性がこの木に呪詛の釘を打ち込んで願が叶えられたのだとか。
そう言われてみると、そんな雰囲気ありますね。

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鴨高田神社、駅から200mほどの近さなのに落ち着く場所でした。
さて、次の目的地はこの神社の北側にありますが、それはまた後ほど・・・

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2012年10月04日

小西酒造・白雪ブルワリービレッジ長寿蔵

22日、猪名野神社を出てもまだ演奏会には時間があります。
それでJR伊丹駅に戻ることになりますが、いつも通っているここは・・・
小西酒造の白雪ブルワリービレッジ長寿蔵。

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P9221872 posted by (C)fronte360

酒蔵を利用して造られた建物の1階は、地ビールをメインにしたレストラン。
人気のレストランですし、時間もちょうどお昼なので、満員御礼状態。
1階は空席待ちの人で混雑してますが、それを尻目に2階への階段を登ります。

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「ブルワリーミュージアム」、日本酒とビールの博物館で、入場無料です。

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P9221884 posted by (C)fronte360

日本酒は奈良が発祥の地、江戸初期まで奈良の南都諸白が銘酒トップでしたが、
元禄時代に入ると辛口の伊丹の清酒が江戸の人々の好みとなったそうです。
海に近い灘の酒との出荷競争では、船足の早い廻船を所有して戦ったそうです。
「日本の酒」ゾーンでは、杜氏や蔵人が使用した古来の酒作りの道具200余点に
日本酒の歴史、伊丹での酒造りの歴史などが紹介されています。

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みやのまえ文化の郷・旧岡田家住宅でも見た酒搾りの道具、
醪(もろみ)の入った酒袋が重ね入れられた酒槽(ふね)が写真の奥で、
その更に奥に男柱(縦になっている柱)があります。

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手前がはね棒で、ここに石の重しをぶら下げて「てこ」の原理で酒を搾る・・・
詳しくなったでしょ。

ここに来て初めて知ったことは、「白雪」という銘柄の由来。

寛永12年(1635年)頃、廻船にて江戸に酒樽を運ぶ途中、
雪をいただいた富士の気高さに感動した二代目当主が名付けたとのこと。

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そして小西家は、頼山陽とも交流があり、欅の一枚板のこの看板の「白雪」
頼山陽による揮毫だそうです。

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頼山陽には「白雪讃詩」があり、ラベルにも書いてあるそうですが・・・
あいにく現在禁酒中、確認できません。

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この蔵もまた江戸時代の建物を利用したものなのだそうです。

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これまでアイフォニックホールやいたみホールへ向かうとき、
足早にこの蔵の前を足早に通っていましたけれど、
中に入ったのは初めて、見応えありました。

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伊丹で演奏会があるとき、余裕をもって来ると、面白い所がありますね。
また楽しみを持ってやってきましょう。

(おしまい)

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2012年10月03日

猪名野神社(その2)

22日、猪名野神社の拝殿とその前に建つ石の柱は標柱(しめばしら)
昨日、最後に投稿した写真にハッキリと写っていますけれど
右に「修理」 左に「固成」 ・・・ 「修 理 固 成」とは、
「国を、修め(おさめ) 理り(つくり) 固め(かため) 成せ(なせ)」

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それで拝殿には日の丸が掲げられているのでしょうか

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拝殿の奥に見えるのが本殿。 お参りをすませて、外より本殿を見上げます。
慶長6年(1601年)の建築で「素木向破風付き春日造り」との記載もありますが、
貞享3年(1686年)に本殿が再建、とwikiや伊丹市のサイトに書かれています。

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古い建物に間違いないのですから、だからこそ無粋な工事用フェンスで囲み、
写真に写らないようにしたけどブルーシートで包んだ部材なんかを置かず、
もうちょっと配慮して欲しい気がしました。

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P9221848 posted by (C)fronte360

境内は広くゆったりとしていて、この大きな石灯籠も江戸時代のもの。
アイフォニックホールやいたみホールには度々訪れますけど、
こんな近くに落ち着く場所があったなんて、迂闊でした。

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境内社も、神明神社、大地主神社、稲荷神社、護国神社、佐田彦神社、
厳島神社、天満神社、新宮神社 と沢山あってそれぞれに立派ですけれど、

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もっとも北にある境内社の愛宕神社、小高い所に鎮座されております

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そしてここの狛犬さんも、なかなかもって愛嬌ありますよ。

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P9221856 posted by (C)fronte360

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この脇より、土手を越えて伊丹緑地へと向かう小道に続きますけれど、
この小高い土手こそ、先に紹介した荒木村重の居城「有岡城」の北端防御、
惣構えの「岸の砦」、この土塁跡なんだそうです。

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P9221863 posted by (C)fronte360

なお写真の奥に写っているのは「伊丹市立相撲場」、土俵であります。
今どき土俵があるなんて、しかも土塁の内側に・・・関係ないか・・・
とにかくこの地に根差した神社であることは確かです。

さて、ここを出ましたけれど、演奏会にはまだ時間があります。
それで向かった先はまた後ほど・・・


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2012年10月02日

猪名野神社

9月22日、みやのまえ文化の郷を出て、アイフォニックホールのある角を北に・・
綺麗な舗装がされている道の向こうに鳥居が見えます。

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猪名野神社、言い伝えによれば延喜4年(904年)創建だそうです。
古くは野宮、天王宮、牛頭天王社、祇園社と称されたことがあるそうで、
今は猪名野坐大神(素盞嗚尊)を主祭神に誉田別尊ほか4柱が祀られています。

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明治初年、神仏分離と共に、野宮牛頭天王を猪名野神社と改められましたが、
伊丹郷町の氏神らしく、境内には酒造家・商人らの寄進した石灯籠が多数。
ここには97基もの石灯篭が並んでいるそうです。

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P9221832 posted by (C)fronte360

見てゆくと江戸時代のものが多数ありますねぇ、確認するのも面倒なほど、
どれもこれも、江戸時代のもの、といった感じでしたよ。

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狛犬さんの年代確認は忘れましたが、なかなか良い表情ですね。

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P9221838 posted by (C)fronte360

そして手水舎、これがまた酒造りの町らしいな。

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P9221840 posted by (C)fronte360

酒樽からの水で手を清める。

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P9221841 posted by (C)fronte360

拝殿の前では、一心に拝んでおられる方もいます。
ここには訪れる人ひきもきらず、地元の信仰を集めている所であると実感。

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P9221839 posted by (C)fronte360

さて、境内に入りますが、この続きはまた後ほど・・・ということで。


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2012年10月01日

みやのまえ文化の郷・旧岡田家住宅

ちょいと寄り道してしまいました・・・9月22日に戻りまして、
みやのまえ文化の郷・旧石橋家住宅の隣、今度は旧岡田家住宅に入ります。

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江戸時代の延宝2年(1674年)に建てられた町家、
建立当初から酒造業を営み、内部では伊丹の酒造業の歴史が展示されてます。

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内部は旧石橋家住宅よりかなり広くて、酒造りの遺構が目を引きます。

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酒蔵は現存する最古のもので、伊丹の酒造業の歴史を今に伝える重要な文化財、
平成4年1月21日、国の重要文化財にも指定されたとのこと。

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P9221812 posted by (C)fronte360

これは市内の別の場所で発掘された、江戸時代後期の男柱だそうですが、
酒造りの道具類は、後で訪れた白雪の長寿蔵でも展示されてますけど、
ここは空間そのものが酒造り、その雰囲気を色濃く残しています。

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P9221819 posted by (C)fronte360

これは酒搾りの道具、酒槽(ふね)に醪(もろみ)を入れた酒袋を重ね入れ、
男柱(縦になっている柱)に差し込んだ、はね棒の先に石の重しをぶら下げて、
「てこ」の原理で酒を搾るものですけれど・・・

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P9221818 posted by (C)fronte360

木の色の濃い男柱ですが、この下の方(ちょっと色が薄くなっている部分)は
酒蔵の土の中から腐らずに発見された正徳5年(1715年)頃に造られた基礎、
これ以外はレプリカなんだそうですが、まさしく酒造りがされていた所の証拠。

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P9221805 posted by (C)fronte360

ここが岡田家の所有となったのが明治33年、兵庫県内に現存する最古の町家、
年代が確実な17世紀の町家としては、全国的にも貴重なのだそうです。

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P9221820 posted by (C)fronte360

それだけに見どころ満載です。

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P9221809 posted by (C)fronte360

なお隣接する柿衞文庫の創設者はここの当主で、京都帝国大学文学部国文科卒。
梅花女子専門学校・聖心女子大学などで教鞭をとるとともに、
伊丹町長・市長を務められたとのこと。

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P9221803 posted by (C)fronte360

いい空間でした。
さあて、ここを出て今度は進路を北にとりましょう。

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posted by fronte360 at 05:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 12-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年09月26日

みやのまえ文化の郷・旧石橋家住宅

22日、有岡城跡を出て、お城を回り込むように北に向かって歩き、
大きな道路(県道99号)にぶつかったので左折(西へ)道なりに歩くと
向こうに目的地のアイフォニックホールが見えてきた交差点。

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P9221789 posted by (C)fronte360

白壁造りの建物は市立美術館ですが、お目当てはこの左側より入ります。
みやのまえ文化の郷です。

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P9221793 posted by (C)fronte360

美術館、工芸センター、伊丹郷町館(旧岡田家住宅、旧石橋家住宅) に
柿衞文庫(かきもりぶんこ)を加えた文化ゾーンで、
無料で入れる伊丹郷町館がお目当てですね。

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P9221794 posted by (C)fronte360

入るとまず、綺麗な中庭に目が行きますが・・・振り返ると・・・

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P9221796 posted by (C)fronte360

中庭に面して縁側のある江戸時代後期に建てられた商家・旧石橋家住宅。
季節柄、お月見の用意ですね。 よろしいなぁ。

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P9221795 posted by (C)fronte360

中に入ると(このあと町中に見かけましたが)虫籠もありました。

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P9221797 posted by (C)fronte360

秋の虫の音を聴きながら、ゆっくりと天井を見上げると・・・
高い天井に、明り取りの窓があるようですね。
ゆったりとした空間・時間が広がります。

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P9221798 posted by (C)fronte360

いったん外に出て見ると、こんな感じの商家です。
屋根の上の小さな屋根、これがが明り取りになってるのでしょうね。

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P9221821 posted by (C)fronte360

白壁には縦縞の窓がありますが、これは虫籠(むしこ)窓というらしく、
その名のとおり、虫籠に似ているから名づけられたそうです。

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P9221822 posted by (C)fronte360

平成13年に県指定文化財となったそうです。
次は、隣りにある旧岡田家住宅を訪問しますが、それはまた次回。

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2012年09月25日

有岡城跡

9月22日(土)、秋分の日が土曜日と重なって、お休みを1日損した気分の日、
かぶとやま交響楽団の定期演奏会に伺うため、JR伊丹駅に降り立ちました。

伊丹での演奏会は、いたみホールかアイフォニックホールのどちらかですが、
いずれにしても、JR伊丹駅より、あくせくとホールに向かうばかり・・・
今回は移動時間を少し早め、簡単にご近所探索をしてみました。

まずはJR伊丹駅の前、改札を抜けて左側の陸橋を下りた所にある有岡城跡
永正17年(1520年)に建てられた日本最古の天守台を持つ平城である。
荒木村重は、伊丹氏の伊丹城を大改修し、有岡城に改称した。荒木村重は後に謀反を起こし、有岡城は織田信長に攻められて落城することになる。

と wiki には書かれています。

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P9221774 posted by (C)fronte360

この石垣の前はよく通りますが、石段を登って中に入るのは始めて。
有岡城の歴史を書いた石碑がありますが、意外とこじんまりとした跡地です。
石碑には以下のように書かれていました。

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P9221776 posted by (C)fronte360

有岡城跡
伊丹氏が、この場所に城を築いたのは、鎌倉時代末期頃のことである。はじめは居館として建てられたが、戦国時代を経て次第に堅固な構えになっていった。
伊丹氏の城は天正2(1574)年に織田信長方の武将・荒木村重の攻撃によって落城した。その後、村重は信長の命により有岡城と改名し、壮大な城を築いた。
有岡城は伊丹段丘の高低差を利用し、南北1.6km・東西800mに及ぶ惣構えが築かれ、要所には岸の砦・上臈塚砦・鵯塚砦が配置された。
謀反を起した村重は、天正6年、信長勢の攻撃を受け、十ヶ月間の攻防の末、強固な城も遂に落城した。
天正8年、池田之助が城主となるが、同11年美濃の国に転封を命じられ、廃城となった。
明治26年、鉄道の開通によって、城跡の東側が削りとられたが、土塁や堀など今もよくその姿をとどめている。
昭和50年より発掘調査が実施され、土塁・石垣・堀・建物・池等の遺構を検出し、中世城郭から近世城郭への移行期の様相が明らかになった。
平成4年3月に伊丹市教育委員会


惣構(そうがまえ)とは、城下町一帯を堀や石垣、土塁で囲い込んだの城で、
ここはその城のほんの一角、何でも本丸跡らしいですが・・・
礎石跡と井戸跡、いずれも修復されたもののようで、ちょっと整ってますね。

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P9221778 posted by (C)fronte360

この石垣は当時のものでしょうか・・・大小とりどりの石積みとなってます。
よ〜く見てみると、直角に切られた石が混じってますね。

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P9221780 posted by (C)fronte360

これは寺社仏閣などで使われた石を再利用しているからかな。
戦に備えて大急ぎで作ったときなど、こんな事もあったようですね。

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P9221781 posted by (C)fronte360

石垣の脇には「懐古園」の石碑と、説明板(意訳)がありました。
石碑は漢文なので、何かさっぱり分かりませんけど・・・説明板によると

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この地は、もともと荒木村重の城郭があった跡であるが、次第にさびれて、武内氏の所有するところとなった。氏は城跡が滅していくのを嘆き、修復して永く後世に伝えようと欲したが、果たさずに亡くなった。未亡人の奈如女は、その意志を継ぎ、時期が来るのを待った。この丘陵はたいへん風光明媚で葛城・金剛・六甲・池田の山々に囲まれ、足もとを猪名川が流れている。村重から三百三十年にあたり、未亡人は先人の志を生かそうと決意してこの碑を立て祭りをした。未亡人の貞節と子息利右衛門の孝順を称え、荒木氏の霊も以って冥すべきである。
明治三十四年九月二十四日 七十五翁 北山撰ならびに書


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城跡を出て、次へ向かいましょう。

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P9221788 posted by (C)fronte360

ふと足元を見ると、伊丹のマンホールは白鳥でしょうか。
おしどり? など水鳥がいっぱいですね。

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2012年09月24日

伊丹アイフォニックホール

かぶとやま交響楽団の定期演奏会、2008年11月22日第38回以来の参戦です。
単身赴任となって、その帰省時にもいくつかのアマオケ演奏会にも行き、
終演後には新幹線でそのまま東京に戻ることも何度かしましたが、
さすがに伊丹は遠く、アイフォニックホールは4年ぶり。

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P9221825 posted by (C)fronte360

今は天井の工事中らしく、ネットが張られていますけれども、
このホール、こじんまりとしていて好きなホールです。

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P9221891 posted by (C)fronte360

1階席が382席、サイドバルコニー2階席が120席、合計502席。
残響時間は、満席時で1.9秒だそうです。

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P9221890 posted by (C)fronte360

この天井の花びらのカタチがまたいいですね。 お気に入りです。

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P9221893 posted by (C)fronte360

さて伊丹に行っても、駅と演奏会場の往復をいつも慌しくやってましたが、
今回この界隈をちょいと散策してみました。

それはまた後日・・・

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2012年09月21日

大阪平野を望む

15日、客坊の林の中、またしても蚊に追われて飛び出しました。
すると山裾に墓地、後で分かったのですが客坊教覚寺浄苑という霊園でしたが、
そのまま下るのもナニなので見晴らしの良い場所を求め、池の所まで行くと・・

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開けました、大阪平野。 夏雲が綺麗ですね。
もちろんここでもアップで、向こうにそびえるのは阿倍野の「ハルカス」
右下に見える川とそれに沿った緑地は、近鉄奈良線の瓢箪山駅あたりですね。

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瓢箪山駅あたり、更に倍率を上げて撮影してみました。
ここから歩いてきたのですね。

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ついでなんで日本一の高さになった地上300mのビル「ハルカス」も・・・
このあたりの標高、博物館と同じなら標高150mもないのではないかな。

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東京スカイツリーの高さは634m、生駒山の山頂は標高642mですからね、
人間のやることって凄いですね。
バベルの塔にならないと良いけど・・・なんて余計な事、考えてしまうな。

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P9151764 posted by (C)fronte360

ということで下山。 墓地の中を下ってゆきます。
六地蔵が祀られていますが、この霊園は宗派は問わないそうです。
キリスト教の礼拝堂もありました。

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P9151766 posted by (C)fronte360

子供の頃、真田山の陸軍墓地が近所にあったのでこのカタチ、見覚えあります。
軍人さんのお墓ですね。

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側面には昭和十二年八月と書かれています。
調べてみると、第二次上海事変がひっかかってきました。

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こちらには☆マークが付いていて、伍長ならば下士官ですね。
しかし死ねば☆マークがあろうと無かろうと同じような気がしますけどね。

沢山の犠牲の上に今日が成り立っているのならば、
はやく闘いや争いのない世界になって欲しいものだと念じ、下山しました。

(おしまい)

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2012年09月20日

客坊の山の中

15日、山畑古墳群を散策中、蚊に追われるように林を出たあと、
さあてどうしたものか、登ってきた道を引き返すのも面白くないので、
郷土博物館より離れるように古墳群にそって歩いてゆくと祠を発見しました。

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なにやら、向こうには石碑に、鳥居も見えますね。 行ってみることに・・・

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中央の石碑は「奥池大神」、右の石碑は「永池龍王」とあり、左の石碑は、
右から「白龍王」「陀羅尼龍王」「秀丸大神」と書かれてあるようです。
これらの石碑の左側にも4つ(?)の石碑、それに鳥居のある石碑もありました。

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P9151749 posted by (C)fronte360

しっかし、ここも蚊が多くて閉口。
レンズの曇りかなと、思ったら蚊がレンズに群がっていたり・・・
蚊が多いのは、水があるからで、ここには滝があって修験場のようです。

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P9151751 posted by (C)fronte360

こんな立札ものありました。

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でもねぇ、蚊がわんさか飛んでいるんですよね。
ここで滝に打たれるには、心頭滅却しておかないといけないですわ。

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当方にような軟弱者は、ひたすらシャッター押して、退散あるのみ。

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ここは何処で何という場所なのか、あとでネットで調べようと早々に退散・・・
でも調べてもよく分からず、いったい何という所なのかは??

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posted by fronte360 at 03:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 12-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする