一月は行く、二月は逃げる、三月は去る、のとおり1月が行ってしまいました。
元日、初詣は今年もまた朝8時まで無料で開放される東大寺大仏殿へ行ってきました。
コロナ禍のため今年は大仏殿中門の開放ではなく、ふだん拝観料を支払って入る左側の入口から、まず係の人より手に消毒液の噴霧を受けての無料入場となりました。
電車の終夜運転はなく、また外国人観光客も居ないこともあって、大仏殿や奈良公園も人出は例年より少な目で、家族連れやカップルが多く目につきました。 とにかく毘盧遮那仏にコロナ退散を念じました。
2日、長弓寺まで小一時間かけて歩いて行ってきました。 正月三が日は、鎌倉時代に建立された国宝の本堂が開放。 黒漆厨子に入ったご本尊の木造十一面観音立像、左に阿弥陀如来坐像、右に釈迦如来坐像、そして左端に広目天・増長天、右端に多聞天・持国天の四天王立像が内陣の基壇にずらりと並んでいるのを拝ませていただくことは有難いことですね。 コロナの時節より今年は開けることのできる扉を開放、寒風が流れ込んでおりました(蝋燭の火が燃え移らないかと少々心配しましたが)。 とにかくここでもコロナ退散を念じました。
そのコロナ、年末より加速度的に感染者増となって緊急事態宣言も発出されましたが、やや勢いは抑えられているようですけれど、高止まりでしょうか。 このまま3月まで平行線、という意見になんとなくうなずいていたりします。 そして変異ウィルスも侵入しましたね。 元来ウィルスは変異するものなので、というか変異を繰り返して弱毒化し、普通の風邪になる、それを早く期待したいものです(ワクチンよりも)。
そんな正月三が日も欠かさず実家に行き、4日からのウィークデーはこれまでと同じく会社と実家と自宅のちょっといびつな三角形を日々くるくると回り、月末には高知に行って終わった、そんな感じ。 17日にはチケットを頂いていた演奏会がありましたけれど、緊急事態宣言が出ているし、実家の母親が高齢なので大事をとって不参戦といたしました(ごめんなさい)。
高知では、これまたいつもと同じように、高知大学北口、旭町三丁目と大阪の湊町バスターミナル間のバス往復。 それ以外はご近所マーケットを回っておしまい。 市街地には足を踏み入れません。 1月末、高知の感染者は連日一桁なのですけれど、大人しくしていました。
というのも、今月初めより、駅の階段を急いで降りたのが悪かったのか、左膝を痛めてしまいました。 しばらくして違和感も少なくなったのですが、油断したのか中頃より痛みがぶり返して長引いています。 高知ではちょっといびつな三角形を急いで回ることもなく、意識して外出も減らしたこともあって膝の状態は小康状態。 このままうまく回復すると良いのですけどね。
読書は、先月記したとおりNHKラジオの聞き逃し配信より「宗教の時間 選「百喩経(ひゃくゆきょう)の教え〜自分を見つめる」からの影響で、この番組で講師をされた宝泰寺住職藤原東演さんの著作「愚賢のすすめ・自省なき現代人への教訓 百喩経を読む」を読了。 さらにお経に興味をもって「法華経」の解説書を手にもしましたが、こちらは早々に挫折。 日本の古典にシフトしました。 田辺聖子の現代語訳による「竹取物語・伊勢物語」。 NHKラジオの聞き逃し配信では「古典講読・和泉式部日記」も継続して拝聴しております。 古文の朗読など原文を目にしても7〜8割意味がわかってませんけどね。
あと読書では、堀辰雄を継続的に読書中。 「菜穂子・楡の家」「大和路・信濃路」を読了して、現在「かげろふの日記・曠野」を読書中。 堀辰雄はフランス文学とともに日本の古典にも造詣深かったようですね。 昨年末の三島由紀夫の反動でしょうか、静かな読書が心地よく続いています。
音楽は先にも書いたとおり演奏会をパスしたので話題なし。 強いて言えば、DVDマガジンで「じゃりン子チエ」を捕獲して視聴中(現在 Vol.3)。 このテーマ曲の歌詞が連日頭の中を巡ってます「虎のふんどし、羆のパッチ、ムカデの歯ブラシぶらさげて、茶臼山でドンコ釣り ♪」
コロナ禍となって、季節が一巡しました。 いつまで続くコロナ禍。 今月もまたアルコール燃料で乗り切るしかないですね。 がんばりましょう。
2021年02月01日
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