2018年09月05日

高知散歩20180722_あかおか絵金まつり・楠昔噺 徳太夫住家

今年も「絵金まつり」に行ってきました。
4年連続ですが、いつ見ても惹き込まれるものがあります。

楠昔噺 徳太夫住家(くすのきむかしばなし とくだゆうすみか)

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 河内の国生駒山のふもとに住む百姓の徳太夫と女房の小仙は老い、いたわり合いながら暮らしている。二人にはそれぞれ連れ子がおり、徳太夫が勘当した息子竹五郎は北朝の大将・宇都宮公綱となり、小仙の娘おとはの婿正作は南朝の武将・楠正成となって互いに敵対している。
 端午の節句の折、宇都宮公綱の妻照葉、楠正成の妻おとはが孫を連れて徳太夫の住家を訪ねる。老夫婦は孫同士が夫婦になれば敵同士の間柄も丸く収まると思い、祝言の準備を整えるが、照葉とおとはは断固拒み、諍いを始める、両家の和睦をあきらめた老夫婦は仏間に入る。
 なおも諍う二人の前に狼煙があがり、それを合図に次々に山々に篝火が焚かれる。そのとき障子の向こうに血煙がたち、照葉とおとはが駆け寄ると、老夫婦は互いに刺し合い果てようとしていた。驚く二人に徳太夫は、楠が義理の父である自分を思い、わざと息子・公綱に名誉をゆずったとも知らず、公綱はなおも楠を討とうとしている、そこで楠への恩返しに兼ねてより山の炭焼き衆に頼み、公綱の軍勢を驚かすため狼煙を合図に篝火を焚かせたのは自分の計略であったと告白する。
 臨終が近付いた徳太夫は、傍の石臼に自らの血で「了雲信士」「妙三信女」と戒名を書き、公綱が天皇方に味方しここに墨を入れれば勘当を許そうと照葉に言い残し、小仙と共に息絶える。
 その後商人に化けこの家にもぐり込んでいた公綱のもとに楠正成が現れ、妻たちの前で再び戦うが、死んだはずの徳太夫が起き上がって公綱の槍を掴み折る。その思いの深さに打たれた二人は、その場の勝負を思いとどまる。

絵金蔵「蔵通信」より https://www.ekingura.com/upimage/13457052160.pdf

posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 18-高知散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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