12月も4日にお休みつけて、2日・3日と高知を満喫してきました。
3日は、あかおかでの「冬の夏祭り」に初参戦したあと次の目的地・安田町。
前回は前を横切っただけの安田八幡宮。 境内に入りました。
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つかつかと拝殿の前へ・・・中に何か置かれていますね。
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失礼かな、と思いつつ中を覗くと・・・
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船と御神輿
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御神体を御神輿に載せて船で行幸されるのでしょうか。
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拝殿の梁には三つ葉柏の土佐山内家の家紋がありました。
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本殿脇の境内社
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ここの梁には鯛でしょうか、見事な彫り物がありました。
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そして本殿の彫刻も見事ですね。
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こちらは龍。 威厳のある佇まいです。
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安田八幡宮
祭神:足伴津命・神功皇后・応神天皇
由緒等:太古より安田川流域の総鎮守として敬われる。創建は明らかではないが、領土惟宗朝臣安田三河守と伝えられ、古記により文永十年(1273)以前と推定される。神宝の大般若経は、神亀四年(727)当時の、名もなく貧しい一般民衆が財物を出し合って、安田庄内の智識(信仰集団)により600巻が結写された。この大般若経は、天地異変、流行病の退散祈願、五穀豊穣、あるいは出陣のとき戦争を祈る等、大きな行事のとき社寺に籠って僧侶が何日もかかって600巻を称えたものである。永正十年(1513)時の領主安田三河守親信から当社に奉納されたもので、昭和四十五年(1970)高知県文化財に指定された。弥生式土器は、昭和七年(1932)当社境内地より出土。古代より、この地に人の生活の営みがあったことを立証する貴重財である。
2017年12月28日
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