この本堂は、元禄10年(1697年)建立だそうです。
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3代将軍・徳川家光の側室となり綱吉を生んだ桂昌院の生まれた身分は低く、
西陣織屋の娘、畳屋の娘、大根売りの娘、八百屋の娘など諸説あるようですね。
しかも父が亡くなり、母が本庄家に入ったことより、桂昌院の紋所は九ツ目紋
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護国寺は将軍家の祈願寺になっていますが、
ここの灯篭にも、三つ葉葵ではなく、桂昌院の九ツ目紋が施されています。
応仁の乱で焼き払われ、再建不可能と言われた数々の大寺院の復興事業や
寺院建立などを行ったので、あちこちの寺院に九ツ目紋があるようです。
NHKの歴史秘話ヒストリアでもやってましたね。
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これは薬師堂の屋根。 宝珠というのかな。 いい天気になってきました。
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門前の音羽通り、次は江戸川公園方面に足を伸ばしましたが、
それはまた後日。
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子供たちがやってきていて、部屋は散乱状態・・・
それより何より、この悪天候で洗濯物が乾かないのが困りものですね。
でも、静かな単身赴任部屋に笑い声が響いているのはいいものです。
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間もなく帰任、その直前に、春休みのお子さんたちが来て、賑やかなようですね。単身赴任を続けた部屋が、今は賑やか!、というのは、最後を飾る、と言いますか、嬉しいことでしょう。
護国寺は、まさに長い歴史を持つお寺ですね。大学の先輩(10年以上前の人)で、私と同じ頃に奥様が亡くなった方がいて、お話ししたら、先祖代々、菩提寺は護国寺、ということで、吃驚したものです。うかがったら、それこそ江戸時代(?)から続く、名家らしくて、私なぞとは段違いなのでした!
私は明日、家内の菩提寺にしたお寺の春分法話会なんですが、護国寺くらいになると、大変な催しになるんだと思います。安田さんのこの写真を見ると、もう外観から違いますからね!
職場・発注元である親会社の方々からも送っていただき、東京での4年間、その最後の2年間は深夜当番もあって大変でしたけど、良い経験になりました。
それに文京区に居を構え、あちらこちらと歩き廻れたこともまた良い経験でした。
関西では江戸時代よりももっと古い建物や国宝となれるものが散在してますけれど、昔すぎて生活感が薄くなっているんですね。
ついさっきまで生きていた歴史というのかな、今も生きている歴史かもしれませんけど、そんな空気を感じる田舎の風情が残る東京が気に入ってました。