2009年11月14日

谷中界隈、そして国立西洋美術館、吉池

朝から雨模様でしたけど、お昼前にやんだようなので散歩に出発ですよ。
部屋にこもっていても新しいことは何も生まれませんから・・・

まずは、本郷図書館
ここで、千石図書館で借りたCD、DVDを返却して身軽になります。

団子坂では下水道工事をやってましたが、
掘り返した道路を見ると、煉瓦で造ったマンホールが顔を覗かせてます。
立派な構築物、そんな感じでしたけど、これを壊しているみたい・・・
なんか勿体無いなぁ、などと思うのは素人考えかしら。

団子坂を下って、不忍通りを渡って谷中方面に進みます。

全生庵というお寺、境内に金色に輝く仏様もいらした大きなお寺です。

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なんでもここは、山岡鉄舟が徳川幕末・明治維新の際、
国事に殉じた人々の菩提を弔うために明治16年に建立したそうですね。

山岡鉄舟本人もここにお墓があるようですし、
落語家の三遊亭円朝、作曲家の弘田龍太郎のお墓と曲碑もあるそうです。
「春よこい」「叱られて」「くつが鳴る」「雀の学校」「鯉のぼり」
などの作曲家だそうですけれど、雨が降ってきたので先を急ぎます。

091114_02.jpg

途中、懐かしい感じの日用品・雑貨店を見つけました。
いまでもちゃんと商売されている・・・懐の深い町ですね。

谷中霊園に突き当たったので進路を南、いったん上野を目指しましたが、
チラリと見た霊園の桜並木が黄葉していたので、進路変更。
霊園の中を抜け、日暮里から電車に乗ることにしました。

091114_03.jpg

並木に入って、すぐのトイレの脇に説明板があるの近寄ってみると、
明治初期の稀代の悪婦・高橋お伝のお墓、とのこと。

091114_04.jpg

以下、案内板からの引用です。

最初の夫、浪の助が悪病にかかり身体の自由を失ったので毒殺し、
他の男のもとに走り、その後、各地を放浪しながら悪事を重ねた。
明治九年、浅草蔵前の旅館丸竹で、古着屋後藤吉蔵をだまして殺害、
所持金二百両を持って逃走、京橋新富町で捕らえられ、
同十二年、三十歳で死刑に処せられる。
 (以下略)

伝の墓に参ると三味線が上達するという評判があって、
三味線を習う人が花を供えて、花が絶えることがないそうです。

この先には、川上音二郎の銅像台座もありました。

091114_05.jpg

川上音二郎は「オッペケペー節」で一世を風靡した俳優・芸人ですが、
お墓は出生の地・福岡にあるようで、これはお墓ではなく、銅像の台座。
銅像そのものは戦時中の金属供出で持っていかれたようです。

そして突き当たりは、谷中の天王寺

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天王寺というと・・・
大阪人にとって、動物園とオカマを連想する町なんですけどねぇ
谷中の天王寺というと、五重塔でしょうか。
幸田露伴五重塔』、放火心中事件で焼失して今は無く、残念です。

さて日暮里から、久しぶりに常磐線上野に出て、
目的地は、先週まちがって来てしまった、国立西洋美術館

091114_07.jpg第2・4土曜日は、常設展がタダ
国税を払っているので還元してもらわなくては。

で、たっぷりと楽しんで出てきたら・・・
あれれ・・・ロッカーの鍵がないよ!

鍵はしっかりとかけたけど、鍵を抜くのを忘れてしまったようです。
あ〜 ボケが始まったのかもしれません。
暗澹たる気持ちで係りのお姉さんに事情を話し
インフォメーションに行ったら、遺失物として届けられていました。
あ〜、よかった、よかった。

091114_08.jpgということで西洋美術館をあとに
アメ横を抜け、御徒町吉池まで歩いて
日本酒を1本買ってしまいました。

奉仕品で、なんと一升瓶で 1,050円なんですよ。

ダメもとで美味しくなかったら燗酒にするつもりですけど
調べてみると・・・
醸造元の新潟県柏崎市原酒造株式会社って
越の誉」を出しているところなんですね。

これはたのしみが増えました。

ということで、今日もこれから廃人同様になりますけども、
飲み過ぎてボケがまわらないようにしなくては・・・
posted by fronte360 at 16:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 08〜12-東京散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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