2008年11月29日

谷中の築地塀、観音寺、朝倉彫塑館

1日余分にお休みをいただいたこともあって慌しい週でした。
とくに昨日は、昼食も採れず・・・慌ててパシフィコ横浜に移動
第10回図書館総合展のフォーラム受講になんとか間に合いました。
(冬だというのに汗だらだら)

フォーラムを主催した会社の方とビジネスの話もできましたし
だんだんと営業職も身についてきたでしょうか。

当初はそのまま直帰する予定でしたが、仕事が残っていたので、帰社。
これでなんとか週末を迎えることができました。

昨夜も疲れ果てて22時過ぎに床につきましたけど、
夜中2時に目覚めて眠れなくなりました。
TVを見たり、「ゆらこめ」を読んでみたり・・・
ようやく2時間ほどして眠りにつけましたが、早朝覚醒で6時起床ですわ。
困ったものです。

さて、今日のゴミ出しついての早朝散歩
電車移動し、遠征するつもりで田端駅南口に向かいましたけれど、
あまりにいい天気なので、計画変更!

西日暮里駅、道灌山へと歩き、富士見坂に向いましたが・・・
すっかり快晴と思いきや、富士山のあるあたりだけ雲海があり
見えませんでした。 残念。

そのまま坂を下って谷中銀座を通り越し
岡倉天心記念公園」も過ぎてコミュニティセンターの角を曲がり
築地塀を目指します。

081129_01.jpg

築地塀、平成4年まちかど賞とありました。
けど意外と小さな感じでしたね。

角を曲がったら観音寺、ここの塀が築地塀だったのですね。

081129_02.jpg

案内板を読んでみると、赤穂浪士ゆかりのお寺だそうです。
四十七士の近松勘六行重(享年34)と奥田貞右衛門行高(享年26)は、
ここで修行していた第六世朝山大和尚の兄と弟だそうです。

081129_03.jpg

境内にも入ってみると本堂は風格があって
この右手には大師堂や石碑、石仏もあり、落ち着いた感じですね。

さてここを出てしばらく歩くと朝倉彫塑館

081129_04.jpg

彫塑家朝倉文夫(1883〜1964) の住居兼アトリエだったところで
自ら設計・監督をし、8回におよぶ増改築の後、
昭和3年から7年の歳月をかけて新築、昭和10年に現在の形
になったそうです。

西洋建築と和風建築を融合したのだそうですが、
朝まだ8時前なので玄関の洋風のアトリエ棟を見上げて、帰路とします。

谷中銀座を抜け、よみせ通り、いったん不忍通りに出て買い物・・
いつものパターンで部屋に戻って、ちょうど1時間の散歩。

今朝は軽め、ちょいと疲れているのでこのくらいで充分でしょう。
posted by fronte360 at 13:13| Comment(2) | TrackBack(0) | 08〜12-東京散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
安田さん

 今晩は。

 築地塀、墓参りなどで菩提寺を訪れる折、ここを通って三崎坂に出ています。菩提寺は、三崎坂に出れば目と鼻の先なのです。

 ここ数日のブログを拝見し、安田さんの行動範囲の広さ(脚力の強さ)に改めて驚いています。

 自分も近所のことを調べ、ちょこまかと散策してみたいですね。
Posted by 赤いハリネズミ at 2008年11月30日 21:25
赤いハリネズミさん、コメントありがとうございます。

中学生のとき、大阪市内に住んでいながら、最寄の公立中学が遠くて・・・
毎朝、大阪城の周りを巡り、今は橋本知事のいる大阪府庁舎の横を通って片道2キロの道のりを歩いて通ってました。
帰りは、友人たちと歩いて帰ることが多くて、これがまたけっこう遠回りになって3キロくらい歩いて戻っていたと思います。

そんなこともあって、けっこう都心を歩くのが好きなんです。
特に、早朝や休日は人も少なくて、色々な発見もありますしねぇ。
Posted by 安田裕隆 at 2008年11月30日 21:57
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック