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2020年06月10日

大阪散歩20200523_大阪城公園の戦跡巡り・天守台石垣の爆撃被害跡

新型コロナの緊急事態宣言、大阪などが解除された週末、
いつもの大阪の実家に向かう前に大阪城公園に寄り道しました。

大阪日日新聞の「戦跡を巡る 戦渦を超えて75年」で、大阪城公園の戦跡を実際に見ておきたくなったのでした。
今は綺麗な公園として整備されている大阪城ですけれど、まだ戦争の傷跡がいくつか残っていること、平和が維持されている今こそ見ておきたいと思ったのでした。

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P5232870 posted by (C)fronte360

大阪城の天守閣目指して登ります。

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昭和6年(1931)、当時の市長関一(せきはじめ)の提案と市民の募金により再建された天守閣。 鉄骨鉄筋コンクリートで復興された物ですが、国の登録有形文化財です。

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P5232873 posted by (C)fronte360

枡形よりOBP、くりかえしますがホントいい天気。
しかしここより大阪城天守閣、その北側の天守台の石垣に注目。

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P5232875 posted by (C)fronte360

なんとなく歪んでいるのが判るでしょうか。

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「天守台石垣の爆撃被害跡」の説明板があります。

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昭和20年(1945)、陸軍の関連施設が集中していた大阪城は、終戦前日の8月14日を最大とする爆撃を数次にわたって受けた。 これにより大阪城天守閣付近の石垣も大きな被害をこうむっている。 天守台北壁から東壁にかけてみられる石垣の「ずれ」はこの時のもので、天守閣の北数メートルの地点に落ちた爆弾によるものである。 昭和6年復興の天守閣は天守台に荷重をかけない構造だったため影響はなかったが、昭和39年にはひずみの進行を止めるための工事が行われた。
(現地説明板より)

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P5232879 posted by (C)fronte360



posted by fronte360 at 01:00| Comment(0) | 20-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする