2019年06月08日

早朝散歩・長弓寺

お休みの朝の散歩、いつもの長弓寺ですが、一週間でアジサイが綺麗に咲きました八分音符
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2019年06月07日

大阪散歩20190525_初夏の天王寺区ぶらり:堀越神社

近鉄の大阪上本町駅長お薦めフリーハイキングへの参加記録。
「初夏の天王寺区ぶらり 名所・旧跡めぐり」で今年20回目のハイキング!
上本町駅より吉祥寺、安居神社、一心寺、天王寺公園から天王寺駅前より北上

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堀越神社です

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堀越神社
聖徳太子が四天王寺を創建した際、崇峻天皇を祭神として風光明媚な茶臼山の地に社殿を造営したのが最初と伝わり、四天王寺七宮の一つに数えられる。かつて創建当初から明治時代中ごろまで境内の南沿いに堀があり、この堀を渡って参詣したことのが社名の由来だとされている。
1615年(慶長20年)の大坂夏の陣の際、徳川家康が前年の冬の陣の時に茶臼山の山頂に本陣を置いていた縁で、同じく茶臼山の山頂にあった茶臼山稲荷神社の使いである白狐が家康を真田幸村の攻撃から救ってあげたことから、合戦後に家康がお礼として現在地に社殿を建立させた、とされる故事から、江戸時代を通じて大坂城代が大坂城に赴任した際は当神社と茶臼山の家康本陣跡に詣でることとなった。また、古くから「一生に一度の願いを聞いてくださる」と、尊崇を集めている。
(Wikipedia「堀越神社」より)

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ちんたくさん
太上神仙鎮宅霊符尊神(だじょうじんせんちんたくれいふそんしん)

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お守りやお札の元祖の神様だそうです。

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樹齢550年の御神木、一生に一度の願いを聞いてくださそうそうです。

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熊野第一王子之宮
「蟻の熊野詣」と言われた熊野三山へのお参り前、
熊野権現の分霊を祀った九十九の王子社を巡りながら辿るそうですが、
出発点にあったのが熊野第一王子之宮
四天王寺西門の近くにあった熊野神社に祭られていたそうでが、
1915年(大正4年)2月10日にここに合祀されたと書かれました。

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こじんまりとした神社ですが、気がみなぎっているようですね。
ですが、北の参道を出て先へと向かうことにします。

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2019年06月06日

大阪散歩20190525_初夏の天王寺区ぶらり:天王寺公園

近鉄の大阪上本町駅長お薦めフリーハイキングへの参加記録。
「初夏の天王寺区ぶらり 名所・旧跡めぐり」で今年20回目のハイキング!
大阪上本町駅をスタート、吉祥寺、安居神社を経て逢坂より一心寺前を過ぎ

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天王寺公園の茶臼山、ここは古墳なのですね。

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茶臼山古墳
古墳の周囲一帯は天王寺公園となっており、この古墳も公園の一部として遊歩道が整備されている。公園本体との間には河底池(かわぞこいけ・こそこいけ、通称ちゃぶいけとも言う)があるが、これは788年(延暦7年)に和気清麻呂が、大和川や河内湖の排水と水運のために上町台地をここで開削しようとして失敗した跡地とも言われる。
同地を古墳とするかは説が分かれる。古来荒陵、または荒陵山と呼ばれてきた同地は古墳と伝承され、ここから発掘されたとされる石棺蓋が四天王寺に伝わっている。古地図の形状からも追認され、そのため従来前方後円墳といわれてきた。
しかし1986年(昭和61年)の発掘調査の結果では埴輪や葺石などが確認されなかったことから、「古墳ではない」とする説も現れた[1]。
一方、四天王寺境内の発掘調査で埴輪などが出土しており、茶臼山古墳を含めさらなる周囲の発掘の進展が望まれている状況にある。
2009年(平成21年)の発掘調査で水銀朱を塗られた石室らしきものが発掘されたことが発表されている。
(Wikipedia「茶臼山古墳」より)

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大阪市立美術館、向こうに見えるビルは、大阪市立大学医学部附属病院

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市立美術館、当方が中学生の頃にはまだ空調設備が完備していなくて、
あまり良い展覧会がやってこなかったのですよね。

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その美術館前より動物園を望みます。

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天王寺公園、今でいう「てんしば」

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この脇を通って谷町筋、天王寺駅前へと出ます。

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今度はここより北上します。


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2019年06月05日

大阪散歩20190525_初夏の天王寺区ぶらり:逢坂・一心寺前

近鉄の大阪上本町駅長お薦めフリーハイキングへの参加記録。
「初夏の天王寺区ぶらり 名所・旧跡めぐり」で今年20回目のハイキング!
大阪上本町駅をスタート、赤穂浪士ゆかりの吉祥寺、安居神社を経て逢坂へ

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一心寺に向かって歩きますが、振り返ると・・・

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大阪のシンボル通天閣、つーてんかく高い、高いはエントツ・・・♪♪♪

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時計がデジタルになってますねぇ、時代ですかね。

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逢坂の向こうに四天王寺さんの五重塔

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これもえんもんだすな・・・って、古い大阪弁も出てきますわ。

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信号渡って一心寺、中には入らず先を急ぐことにしました。

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ぐるっと回り込んで天王寺公園に入る手前、一心寺の壁の排水溝に注目!

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リスの彫刻がありましたっ!

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天王寺公園に入ります。


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2019年06月04日

大阪散歩20190525_初夏の天王寺区ぶらり:安居神社

近鉄の大阪上本町駅長お薦めフリーハイキングへの参加記録。
「初夏の天王寺区ぶらり 名所・旧跡めぐり」で今年20回目のハイキング!
大阪上本町駅をスタート、赤穂浪士ゆかりの吉祥寺より安居神社に来ました。

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安居神社
創建年は不詳であるが、当社は少彦名神が祭られており、天慶5年(942年)から菅原道真が祭られるようになったと伝えられている。菅原道真が大宰府に流されるときに、風待ちのために休息をとった為にその名がついたという伝承がある。
明治に書かれた『大阪けんぶつ』では、当社は菅原道真ではなく少彦名神を祀る神社であり、道真が休んだから「安居」となり、近くに天王寺三名水の井戸があることから「安井」となったと伝えられるが、考証がないため信じられない、としている。境内には桜や萩などがあり、茶店もあって見晴らしよく、遊客も多かったという。摂津名所図会、浪速名所図絵でも花見の名所として選ばれている。
大丸の創業者の下村彦右衛門正啓がよく信仰していたので大丸天神と称されることがある。
(Wikipedia「安居神社」より)

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大坂夏の陣で真田信繁(幸村)がこの神社境内で戦死したと伝えられ、
境内に戦死跡之碑があります。

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小高い丘の上で緑が多く、喧騒を忘れて落着きますね。

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やって来た北側の参道

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西側にも参道があります。 丘の上なのが分かりますね。

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南側の参道より境内を出ます。

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こちらは細い通路といった感じ。

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国道25号線、天王寺七坂の逢坂(おうさか)へと出ます。

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右に見えるのが一心寺ですね。

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2019年06月03日

大阪散歩20190525_初夏の天王寺区ぶらり:安居神社へ

近鉄の大阪上本町駅長お薦めフリーハイキングへの参加記録。
「初夏の天王寺区ぶらり 名所・旧跡めぐり」で今年20回目のハイキング!
大阪上本町駅をスタート、赤穂浪士ゆかりの吉祥寺を出て六万体の交差点

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大阪夕陽丘学園脇の通称学園坂を下ります。

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下りきると松屋町筋、大阪人だと「まっちゃまちすじ」ですね、ここを左折。

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口縄坂、ですがこちらには行かず直進。

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この先、大江神社への辻を曲がり

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大江神社には入らず、

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脇の愛染坂にも上らず、

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直進して南へと向かい、

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続いて清水坂の下に出ますが、

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ここも上らず、回り込むようにしてに更に南へ、

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すると見えてきました、次のポイントですが・・・

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この手前にあるのが、天神坂でした。

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安居神社に入りましょう。


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2019年06月02日

アンサンブル・フリー 第29回演奏会

日時:2019年5月26日(日) 13:30開演(13:00開場)
場所:あましんアルカイックホール

曲目:薮田翔一/歌曲集《小倉百人一首》より「悲歌集」(管弦楽伴奏版、世界初演)*
  (アンコール)薮田翔一/新元号「令和」の由来になった万葉集 梅花の歌 三十二首 序文
   マーラー/交響曲第6番(改訂版)

独唱:藤井玲南(S) *

指揮:浅野亮介

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進取の気質に富んだアンサンブル・フリーらしい演奏会。 薮田翔一さんは、Wikipediaによると兵庫県たつの市出身で1983年生、東京音楽大学・大学院にて研鑽を積まれ、世界各国で作品が演奏されている方とのこと。 小倉百人一首の全100首をピアノ伴奏、弦楽四重奏伴奏として作曲されており、今回は作者自らが悲しみに彩られた16首を選んで「悲歌集」とし、世界初演となる管弦楽伴奏版が演奏されました。

有名な小野小町による第1曲目「花の色は うつりにけりな いたずらに・・・」の透明感が高く集中力のある演奏で幕が開きました。 1曲が1分ほどの短い曲こともあってオーケストレーションは幻想的でもあるし、時にダイナミックにも変化していましたが、いかんせん大編成オケなので藤井さんの歌がかき消され気味。 1曲1曲がなかなか沁みてこず、オムニバス的な感じになっていましたけれど、そんな中でも藤井さんはしっかりとしたテクニックの持ち主であることはよく判る落ち着いた歌唱に凛とした魅力を感じました。

後半、パンフレットに書かれた歌詞を見ながら聴くようになり、かき消され気味な歌詞を目で補うことで曲・歌を楽しむ余裕が出てきたようです。 最初からパンフレットを見るべきだったかもしれません(贅沢を言うならばプロンプターで歌詞表示あればまた違った感想になったかもしれません)。 一番心に残った演奏は、点描チックな伴奏が印象的だっだ参議雅経による第15曲目かな。 ピアノ伴奏、弦楽四重奏伴奏とも全く異なる管弦楽伴奏版らしいですが、弦楽四重奏版で改めて聴いてみたくなった曲でありました。

アンコールは、同じく管弦楽伴奏による歌曲。 Wikipedia によると 2019年4月1日、「平成」に次ぐ新元号「令和」発表数時間後に、同名の歌曲を発表し注目を集めている、と書かれた曲の管弦楽伴奏版でしょう。 先の小倉百人一首と同じ作風で、この中の更に一首を歌われたのかと思ったほど違和感ありませんでした。

20分間の休憩を挟んで、マーラーの交響曲第6番。 わざわざ改訂版と書いてありますが、パンフレットには版の違いについての記載はありません。 ただ今回の演奏では、中間楽章を アンダンテ → スケルツォ の順序で演奏していること。 ハンマーの打撃は2回だったこと、これがそれに合致することのようです。 もっとも当方など楽器はおろか譜面も読めないので、知ったかぶりです。

肝心の演奏ですが、オケの若いメンバーの息吹に満ち満ちたアグレッシブな演奏でした。 そして浅野亮介さんの指揮もまた、このオケを始めて聴いた2005年の第5回演奏会(マーラーの交響曲第4番)を彷彿とさせる独特な動きが懐かしかった(最近はそれなりの指揮っぽい動きになったと思っていましたが)。 オーケストラの弦楽器は 13-13-10-11-10 の通常配置。 コントラバス10本、チェロ11本という重量級の編成ではありましたが、意外と重低音が唸るでもなくキレより曲を進めていったような印象。 また、浅野さんの独特な動きが恣意的で煽るようにも見えるのですが、オケは結構冷静で落ち着いて曲を淡々と進めていたようにも感じました。 随分と以前のアンサンブル・フリーの演奏会でやっていましたが、できるだけ浅野さんの指揮を見ないようにして音楽を聴く、そんな昔のことも思い出しながら今回は曲を楽しみました。

第1楽章、キレ良くタイトな響きで曲が進みます。 機械仕掛けの人形のネジがどこか1・2本外れたようなハイテンションな動きの浅野さん、それをものともせずに一糸乱れないオケの巧さに脱帽です。 ただもう少し弦楽器にコクとかタメとか欲しい気もしますが、ここはぐぃぐぃと進む解釈なのでしょう。 ホルンが全般通して巧かったですね。 底鳴りのする見事な存在感を示していました。 あと終結部ではトライアングル4本、4人が立って演奏されていたのが印象に残りました。

第2楽章はアンダンテを演奏、落ち着いたしっとりとした弦アンサンブルに、管楽器のソロが巧く並んで素晴らしかった。 浅野さんもここでは違和感のない動きでしたね。 ただ曲が進むにつれて、スピードは落としてなぞるけれどもぐっと内面より沸き起っているような抑揚感があまり感じられず、年寄りにはチト物足りなかったかな。 でもホルンのソロはここでも滋味ある響きで光ってました。

第3楽章、切れ味鋭いティムパニ、良く揃った低弦による行進。 コントラバス10本、チェロ11本ですが、引き締まっているいるぶん意外と重低音を感じずサクっサクっと進めます。 トンロボーン、チューバもタイトな響きでした。 トリオにうまく入ると伸びやかになって、不安定に感じさせる部分もうまく演出し、集中力を高めての着地。 見事でした。

終楽章、凝縮させたサウンドで疾走、強烈な打音が更に追い打ちをかけて盛り上げます。 一転ホルンのソロがここでも良い味を出してましたね。 急緩をしっかりとつけ、若いメンバーの集中力の高さで乗り越えてゆきます。 爺ぃである当方には、もうちょっとタメを作って欲しいな、と思えなくもありませんが、自信に裏打ちされた音楽なので安心して聴いていられます。 ハンマーは舞台右奥で杭打ち用のハンマーでしょうか、大きかった。 ホルン10本のベルアップも壮観でしたが、4人が立って打つシンバルも迫力ありました。 雄大な音楽として堂々の着地。

浅野さんの腕がまだ下りないうちに拍手が沸き起こりましたが、腕がしばらく上がったままなので拍手は自然消滅。 腕を下ろしてから、パラパラとそして盛大な拍手へと変わってゆきました。 う〜んんん、もうちょっと我慢して欲しかったな、でも焦って拍手したい気持ちもわかる演奏でしたけれど。 とにかく若いメンバー、しかも腕っこきの皆さんによる気持ちのいい演奏会でした。 ちょっと若返った気分。 皆さんお疲れさまでした。



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2019年06月01日

(己亥5月の雑感)皐月は去った

誕生月であり一番思い入れの多い5月、今月もまた慌ただしく去ってしまった。

昨年のGWは9連休の7日間を高知で過ごしたが、今年は先月も書いたとおり、
弟のクルマに便乗させてもらって母親の実家に4/29-5/2まで行ってきた。

平成最後の日(4/30)、幼い頃に当方兄弟ともに世話になった呉の叔父宅を訪ね、
その叔父夫妻も連れて豪雨被害のため仮設住宅に住む90歳になる長兄夫妻を訪問。
叔父も80歳、我が母親も85歳。突然の訪問だったが喜んで頂けたと思う。
なおこの様子、突然仮設住宅を訪れた広島ホームテレビに取材され、当日夜の
ローカルニュースで1〜2分程度なが放映されたのはご愛敬。

令和最初の日(5/1)、実家近くに住む叔父を乗せて福山に赴き、途中長姉を乗せ、
同じく福山在住の末弟となる叔父宅を訪ねた。長姉92歳ながら望んで一人暮し、
末弟75歳は連合いに先立たれまた病にも侵されているが自宅を改築し一人暮し。
前日訪ねた叔父も含め誰一人子供の世話にならず自立しているのが凄い。
そして我々兄弟などまだまだ若造だと再認識。こちらこそ頑張らねば。
とにかく突然の訪問にも各所歓待されて恐縮しつつも少しでも旧交を温めて
頂けたのなら嬉しい。まっ、発案して足も提供してくれた弟にまず感謝なのだが。

思いのほか広島の訪問予定が順調で、予定を1日繰上げ5/2に戻ってきたので、
5/3「あみま倶楽部」ハイキングに参戦。西大寺から奈良公園へと歩いたが、
奈良県庁隣にオープンしたバスターミナルが休憩場所になかなか良い所でした。
5/11は大和四寺巡礼(2)で長谷寺。牡丹の盛りは過ぎていたが宗宝蔵にて
里帰り展示中の銅板法華説相図や仏像、閻魔像など地獄の十王像など見応え十分、
三丈三尺のご本尊十一面観音菩薩も圧倒的。山腹の堂宇を巡回しリフレッシュ。
5/25は天王寺区の名所旧跡巡り、5/31も鶴橋から天王寺まで有形文化財巡り、
ともに見知った所でしたが、途中リタイヤもせず完歩。

5月の読書、奈良市立図書館カード(長く使わなかったので停止)を復活。
大阪市立図書館では貸出中の本もここで予約できるようにした。
今月「白い巨塔」、春には「二つの祖国」がTVドラマ化されたこともあり、
山崎豊子作品の貸出中が多くなったことからの対策です。
山崎豊子「二つの祖国」(1) → 現在(2)を奈良市西部図書館より貸出中
宮本輝「満月の道(流転の海 第7部)」「長流の畔(流転の海 第8部)」
有栖川有栖編「大阪ラビリンス」、吉村昭「東京の下町」
懐かしい大阪の少年時代、東京での単身赴任時代を思い出させる東京の下町も
また懐かしい読書でした。

5月の演奏会は、進取の気質に富んだアンサンブル・フリーの演奏会のみ。
1983年生の薮田翔一さん作曲の小倉百人一首より編んだ「悲歌集」世界初演と
アグレッシブなマーラー交響曲第6番。
主宰の浅野亮介さんの指揮もこのオケを始めて聴いた2005年頃を彷彿とさせ、
若い息吹を感じた演奏会でした。

会社では健保が入っているKenCoMウォーキングイベント「みんなで歩活」の
広報を主としたスタッフ活動として5/20まで忙しく、5/21以降は参加者として
連日歩きまわっています。今月は560Kmほど歩けたかな。1日平均18Km。
膝関節の軟骨が擦り減らないよう注意、というけれどホンマかな。

さて会社生活も最長3年を切りました。早々にリタイヤもしたいけれど、
どうなりますことやら…悩みつつ今月も液体発酵食品を燃料として進みます。


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