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2017年01月25日

大阪散歩20170101_玉造稲荷神社の境内(その2)

いつもながらの高知の話題が続いたので、お正月に戻って大阪散歩。

今年の元日は6年ぶりに奈良の自宅で迎えました。
早朝より東大寺大仏殿に初詣に赴いたのち、大阪の実家にて新年のご挨拶。
ひとしきり飲んで食ってうたた寝した後、ご近所散歩で腹ごなし。

氏子である玉造稲荷神社はお参りの人で長蛇の列、
東側の参道より境内に入りました。 秀頼公の後ろには難波・玉造資料館

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P1015536 posted by (C)fronte360

神社の創祀2000年祭の記念事業として昭和61年(1986年)秋に開館。
「玉造」という地名は、勾玉を作っていた玉作部の住居地であったから。
この資料館、拝観する場合は1週間前迄に連絡しないといけなくて・・・
まだ一度も中に入ったことがないんですね。

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P1015545 posted by (C)fronte360

「上方漫才の父」とも言われる漫才作家の秋田實は玉造生まれです。
かつては境内に舞台があり、安政4年(1857年)に幕府から公許を得て、
大坂で演芸が出来る9社の一つだったそうですね。
明治13年(1880年)に再建され「奉納演芸」を行っていたことより、
玉造には芸人も住んでいて、幼少の秋田實はそんな環境の中で育ったようです。

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P1015546 posted by (C)fronte360

笑いを大切に。 怒ってよくなるものは 猫の背中の曲線だけ

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P1015544 posted by (C)fronte360

そろそろ次へと行きましょうか。 また東側の参道より出ます。

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P1015526 posted by (C)fronte360

子ども頃には小屋が建っていたんですけどね、更地にして畑にして
「玉造黒門越瓜(たまつくりくろもんしろうり)」を作っています。
大坂城の玉造門が黒塗りの門であった事から、この門を別名黒門と呼んでいて、
江戸時代この黒門付近で作られていた瓜なんだそうです。




posted by fronte360 at 04:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 17-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする