2012年06月07日

彌榮神社(いやさかじんじゃ)

司馬遼太郎記念館の近くまで来て、神社を発見、彌榮神社でした。
新字では、弥栄神社(やさかじんじゃ)やな、と思って案内板を読んでみたら、
彌榮神社(いやさかじんじゃ)なんだそうです。

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P6020479 posted by (C)fronte360

熱心に拝んでおられる方がいらしたので、そっと離れて写真を撮りました。

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P6020483 posted by (C)fronte360

なお案内板には以下のように書かれてました。

神社は旧大和川支流の東岸近くに位置し、もとは牛頭天王(ごずてんのう)と称されていました。創建年代は不明ですが、祭神は須佐之男命(すさのおのみこと)です。伝えによれば、天正の頃、石山合戦により村落とともに消失したと伝えられています。その後、慶長5年に片桐且元(かたぎりかつもと)より社地を拝領し社殿を再建したと宮の記録に記されています。明治5年に現在の社名に変わりました。境内には文化二年(1805)の手水鉢、旧社名の牛頭天皇宮と刻む享保十三年(1728)の燈籠、文政十一年(1828)の狛犬等があります。また、境内には旧大和川支流の堤防上に生えていた樹木が数本残り、いずれも堤防の土が取り去られたため、土中にあった根が浮き上がっています。
彌榮神社(いやさかじんじゃ)北側の一段高いところは、中小坂の村落を洪水から守るために築かれた堤の跡です。大坂夏の陣のとき、若江で陣を張っていた豊臣方の武将木村重成が大坂城の救援に向かいここまで来たとき、大坂城が炎に包まれていたため、馬の上に立って大坂城に別れを告げ、再び若江に戻って戦死しました。このことからここを馬立(うまんたて)と呼ぶようになったと言われています。


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ここで、携帯電話が鳴って、奥さんの仕事が終わったそうです。
家を出た時間が遅かったので仕方ないですね。

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足早に司馬遼太郎記念館の前を通りすぎて、帰路としました。
また探検しに来ようと思います。

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posted by fronte360 at 05:14| Comment(2) | TrackBack(0) | 12-大阪散歩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする